平成31年・バックナンバー

平成31年2月
第2部 さまざまな菩薩

学びの森



 ④西国観音霊場
 これまで多様な観音様について、ご紹介させて頂きましたが、六観音、七観音と呼ばれる観音様以外にも、法華経の三十三変化身にちなみ、観音巡礼が盛んになった江戸時代に成立したとされる三十三観音(楊柳(ようりゅう)観音、龍頭(りゅうず)観音、岩戸(いわど)観音、白衣(びゃくえ)観音など)があり、中国の民間信仰の影響を受けたと言われる『仏像図彙(ぶつぞうずい)』(1783年刊行)という書物で詳しく紹介されています。また、日本の民間信仰と結びついた子安(こやす)観音や、隠れキリシタンによるマリア観音など、独自のさまざまな観音が生まれているのも興味深いところです。

 今回は、本宗の奥之院にもお祀りされている西国三十三観音の巡礼(西国三十三所巡礼)の由来について、少しだけご紹介させていただきます。

 西国巡礼は、もともとは民衆向けではなく、専門の行者(修験者)によるものでした。現代のように交通機関の発達していなかった時代には、すべてを徒歩で巡らなければなりませんが、これは大変な難行です。今のように道も整備されていなかったでしょうし、車などで回ることが可能になった現代でさえ、最寄りのバス停から何十分も歩かなければ辿り着けない霊場も多くあります。それは、当初この巡礼は、死装束を表す白衣を着て「擬死」を体験する修行であり、本来なら死んでから巡るべき地獄を生きている間に巡って克服する目的で行われていたようです。

 そもそもの発端は、奈良時代、大和国長谷寺のご開山、徳道上人でした。養老2(718)年、徳道上人は頓死し、冥府で閻魔大王と謁見していました。大王は、「おまえはまだ死んではならぬ。世の中には悩み苦しむ者が多く、最近は地獄に堕ちる者が多い。そこで、三十三の観音霊場をつくり、人々に巡礼を勧めよ。これらをすべて巡れば地獄に堕ちないことにする」と語り、「では、その証を」と徳道が告げると、大王は「ここに三十三の宝印がある。これを集めても、なお地獄に堕ちる者がいたら、私が代わって責め苦を負おう」と誓願し、起請文と三十三の宝印を授かりました。このときの宝印が、各札所で授かる納経朱印とされます。数日後に蘇生した徳道上人は、弟子たちと三十三所の観音霊場を設け、巡礼の功徳を人々に説いて回りましたが、信じる者はほとんどいません。巡礼の機が熟するのを待つため、三十三の宝印を摂津国中山寺にある石の唐櫃(からと)に納めました。徳道上人は長谷寺近くの法起院に隠棲、80歳にして松の木の上から法起菩薩と化して去ったと言われています。

 時を経て寛和2(986)年、花山(かざん)天皇は山科の元慶寺で退位落飾し、入覚と称しました。出家後の花山法皇は、播磨国書写山の性空上人と結縁し、比叡山に登拝後、正暦2(991)年、熊野の那智山に千日間参籠、験力を得た法皇は、「河内国石川寺の仏眼上人を先達として三十三所観音霊場を再興するように」と熊野権現から神託を受けます。花山法皇は、かつて徳道上人が納めた三十三の宝印を中山寺から見つけ出し、仏眼上人を先達、中山寺の弁光上人、書写山の性空上人を同行として観音巡礼を復興しました。これが現在の西国巡礼の始まりと言われています。笈摺(おいずる)や納札(おさめふだ)などの巡礼の行式を定め、法皇に各札所のご詠歌を詠むように勧めたのは、熊野権現の化身とも言われる仏眼上人だとされています。法皇は晩年、摂津国花山院に住み、寛弘5(1008)年、41歳の生涯を閉じました。

 しかし徳道上人の開創、花山法皇の中興という伝承が史実かどうかの確証はなく、平安後期の熊野修験を統括していた園城寺(三井寺)の修験者が札所成立に関係していたとも言われています。西国霊場に関する資料の初見は、園城寺の高僧である行尊の「観音霊場三十三所巡礼記」(『寺門高僧記』に収録)とされますが、ここでは一番札所が長谷寺、三十三番札所が千手堂(三室戸寺)となっています。那智の青岸渡寺が一番札所になったのはもう少し後からのようです。

 時代が下り、室町時代になると、在家者も巡礼行に加わるようになり、江戸時代には、一種の観光旅行として庶民の間にも巡礼が広がるようになりました。自由な旅行が制限されていた江戸時代ですが、巡礼を目的にすれば比較的容易に往来手形が発行されたため、西国巡礼が盛んになったとも言われています。特に江戸からの巡礼の場合、西国札所だけでなく、伊勢神宮への参詣に始まり、高野山や熊野三山への参拝も多かったようです。現在では、ツアーなど団体で巡る場合もあり、お年寄りの方が参拝しているのもよく見かけます。基山を含む基養父地方にも、観音霊場があったとされていますが、詳細はまた別の機会に譲りたいと思います。

 このような巡礼の功徳としては、以下のような「巡礼の十徳」が知られています(西川某著『西国順礼細見記』)。

 ①三悪道(地獄道・餓鬼道・畜生道)に迷わず

 ②臨終正念(しょうねん)なるべし

 ③巡礼(順礼)する人の家には諸仏影向(ようごう)あるべし

 ④六観音の梵字、額にすわるべし

 ⑤福智円満なるべし

 ⑥子孫繁盛すべし

 ⑦一生のあいだ僧供養にあたるなり

 ⑧補陀落(ふだらく)世界に生ず

 ⑨必ず浄土に往生す

 ⑩諸願成就するなり

(棟高)

(参考文献:「西国三十三所草創1300年巡礼MAP」、『観音巡礼の本』学研,2008年、他)



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