平成30年・バックナンバー

平成30年11月
第2部 さまざまな菩薩

学びの森



 ①観音菩薩(1)
 本宗でも常用経典として『観音経』を唱えますが、大悲のみ仏が、衆生を救うために姿を変えて現われた菩薩の代表格が「観音菩薩」です。「観音様」と呼ばれ、日本でも古来から民間で親しまれてきましたが、その実像は謎に包まれています。

 「観音」という名称の原語は「アヴァローキテーシュヴァラ」であると言われますが、これは「アヴァローキタ(観)」と「イーシュヴァラ(自在)」の合成語と解釈され、玄奘訳では「観自在」と訳されています。私たちが日々お唱えする『般若心経』は玄奘訳なので、「観自在菩薩」と出てきます。

 一方、『妙法蓮華経』や『阿弥陀経』を訳した鳩摩羅什(くまらじゅう)は、「苦悩を受けて苦しんでいる世の中の多くの人々が、この菩薩の名を聞いて一心にその名を称するとき、即時にその音声を観じて苦悩から解脱させてくれる」という経典の趣旨に基づき、「世間の音声を観ずる」という意味から「観世音(かんぜおん)」と訳されました。そのため、法華経の一つである『観音経(妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五)』では「観世音菩薩」と出てきます。

 なお、近年の発掘調査で出土した法華経の断片には「アヴァローキタスヴァラ」という表記もあり、「スヴァラ」は「音」という意味なので「観音」の訳語もあります。また、「アヴァローカ」が「アーローカ」になると「光明」という意味になり、「光世音(こうぜおん)」という訳語もあります。「観自在」「観世音」「光世音」は、どれも同じ観音様の異名なのです。

 慈悲の象徴とも言われる「観世音」の「世の音」とは、私たち衆生の苦しむ呻(うめ)き声や、救いを求める叫び声を指し、この声を「観」て、私たちを救いに来てくださるお方が観音菩薩です。「観自在」と訳す時には、衆生の有様を自在に観察できる観音様の威神力が、より強調されるようにも感じられます。観音様は、もともと「正法明(しょうほうみょう)如来」というみ仏でしたが、高い位のままでは衆生を救うことはできないので、菩薩として出現されました。

 『観音経』には、三毒(婬欲、瞋恚、愚痴)や七難(火、水、風、剣、悪鬼、枷鎖(かさ)、怨賊(おんぞく))以下ことごとくの災厄を退け、三十三身説法と言われる千変万化の御変身によって私たちをお助けくださる尊いお方であると説かれています。

 観音様の縁日は十八日で、その浄土は補陀洛迦山(ふだらかせん・原語ポータラカ)と言われ、南インドの海島で海上交通の守護神として敬われていたようですが、中国では北魏時代(4~6世紀頃)に観音像が造られ、三国時代の朝鮮に伝わり、日本には7世紀の飛鳥・白鳳時代に伝えられました。「和国の教主」ともいわれる聖徳太子(574-622)は、後に「観音の化身(救世観音)」として崇敬されますが、観音菩薩は当初、護国的菩薩として受け容れられ、信仰されたと言われています。

 一般に観音と呼ぶときは聖(しょう)観音をさしますが、平安時代以降、六道輪廻の思想や末法思想が広まっていくにつれて、個人の現世利益だけでなく来世の救いをもともに満たしてくれる存在として、千手観音、十一面観音、如意輪観音、不空羂索(けんじゃく)観音、馬頭観音、准胝(じゅんてい)観音(以上で七観音)などのさまざまな変化観音が生まれ、さかんに信仰を集めました。

 また本宗の奥之院霊域には、西国三十三観音様も祀られていますが、今回からのシリーズのなかで、西国三十三所観音巡礼の由来や、変化観音につきましても、ご紹介させていただきたいと思います。(棟高)
(参考文献:鎌田茂雄『観音のきた道』講談社現代新書,1997他)



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