平成31年・バックナンバー

平成31年4月
第2部 さまざまな菩薩

学びの森



 ⑥弥勒菩薩
 弥勒は、釈尊の次に仏の位につくことが約束された菩薩であり、梵名を「マイトレーヤ」といいます。これは「慈から生じたもの」という意味で、「慈氏」「慈尊」などと訳されます。中インドに実在した人物とされ、釈尊の弟子となりますが、自ら未来仏になることを志願し、釈尊に認められ、未来仏として授記を受けたとされています。

 弥勒について説かれた経典のうち、『弥勒大成仏経』『弥勒下生経』『弥勒上生経』の三つを「弥勒三部経」と言います。ここには、現在は菩薩として兜率天(とそつてん)で人々の救済のために瞑想・修行しているが、やがて釈尊の入滅後、五十六億七千万年の後に、この世に下生(げしょう)して、龍華樹(りゅうげじゅ)下で悟りを開き、三度にわたる説法を行って(龍華三会)、釈尊の時代に説法と救済から漏れた多くの人々を救う、と説かれています。あと一回の生で成仏できるため、「一生補処」の菩薩と言われ、「未来仏」「当来仏」とも呼ばれます。

 インド大乗仏教の瑜伽行唯識派の初祖も弥勒とされ、弥勒五部書(『瑜伽師地論』『大乗荘厳経論頌』『中辺分別論頌』『分別瑜伽論』『金剛般若経論』の五つ。チベットの伝承では、『大乗荘厳経論頌』『中辺分別論頌』に加えて『法法性分別論』『究竟一乗宝性論』『現観荘厳論』)を著して無着(5世紀頃)に伝授したとされますが、実在の人物かどうかは議論の分かれるところです。

 奈良時代には、中国から法相宗(玄奘訳『成唯識論』を根本聖典とする宗派)が日本に伝えられ、行基(668-749)が弥勒信仰を背景として兜率天宮にある四十九院を現世に顕わそうと、畿内に49の寺院を建立した、と言われています。

 平安時代には、末法思想を背景に、弥勒下生の時まで経典を地中に埋めて伝えようとする埋経がさかんになり、また中世には関東で鹿島信仰と結びつき、宝船に乗った弥勒仏が、豊作の米穀を積荷して訪れるという信仰も生まれています。七福神の布袋さんが弥勒に相当するという説もあります。

 高野山では、弘法大師が今もなお奥之院に生きたまま入定されているという信仰があり、『御遺告』には、弘法大師は弥勒菩薩が下生される時、再び現世に出現して弥勒に仕え、後継者に如意宝珠を継承させることをお誓いされた、との記述があります。また弘法大師が即ち弥勒菩薩であるという秘説もあり、奥之院のご本尊である弘法大師は弥勒菩薩の梵字で表されています。(棟高)



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