中山身語正宗の教えを持ち出されたみ仏は、自らのお名前を「根本大悲の親(こんぽんだいひのおや)」と名のられました。
仏教において、“大悲”という言葉には「一切の生きとし生けるもの(衆生)の苦を除く」という意味があります。そして、お名前の中の“親”とは、私たち一切衆生をわが子と見なし、親のごとく振る舞うことを意味します。
つまり、私たちの悩み苦しみを取り除くという“大悲”という働きを根本とし、また、子どもをいつくしむ親のように振るまい、いかなることがあろうとも真実の幸せへと導いてくださるみ仏ということです。
ところが、この「根本大悲の親」というみ仏は、法(ダルマ:真理)を身体とされるみ仏で、本来特定のお姿をもたれません。そこで、「中山」と呼ばれた土地(現在の佐賀県三養基郡基山町の大本山「瀧光徳寺(りゅうこうとくじ)」一帯)に、悩み苦しむ私たちを救い導くために「中山不動」のお姿として、この世にお出ましになられたのです。
それゆえ、このみ仏を「中山不動尊」とおよびします。
このように身語正教主(しんごしょうきょうしゅ)「根本大悲の親」は、私たちが正しい教えの実践者となれるように、“現世利益(げんぜりやく)”(※注1)を持って本願となし、「中山不動尊」としてこの世に出られたのです。
そこで、私たち一人ひとりを親身になって導いてくださるご本尊として、この「中山不動尊」を大切におまつりさせていただくのです。