大正元年2月18日のことである。日々の行願に心身をすり減らした松太郎(宗祖の俗名)は寝床についたものの何かが起こることを予感して容易に寝つかれなかった。真夜中、松太郎は胸元を激しく揺り動かされた。
目を覚ますと枕元にみ仏が立たれていた。
松太郎は、すぐ居ずまいを正して、正座すると、
「この度、根本大悲の親は頼む一念身語正と開くぞ。
日本の国のすみずみから、世界の国のはしばしに至るまで、
ひらいて助けてゆくぞ」
この仏告に驚いた松太郎は、
「私には学もなく、知もなく、財もありません。そんな私にどうしてできましょうか」と答えた。
「そうではないのだ。釈迦に生れ遅れること三千年、弘法大師に遅れること一千年。法然、親鸞に遅れること七百年。
今の世は、非常に疑い深く、こう言えばああいい、ああ言えばこういうのだ。いかに教理経文を朝から晩、晩から朝に説(と)き尽くしても、朝には信じ夕べにはもう疑うのだ。この末世の衆生(しゅじょう)を真に救わんためには、この衆生のせっぱ詰(つ)まった土壇場の願いをば、直ちに聞き届け、仏智不思議の大功徳を目の前に授けて驚かさなければ、信ずる心にならんのだ。