中山身語正宗

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平成30年06月

第1部 菩薩の道 

⑥六波羅蜜(4)精進

 今回は、精進(しょうじん)波羅蜜のお話です。「精進」という言葉は、インドのサンスクリット語「ヴィールヤ」を訳したもので、精進波羅蜜のことを毘梨耶(びりや)波羅蜜とも言います。

 「精進」は、「打ち勝つ」という原義に由来し、怠け心に打ち勝って正しい心の状態を保つ、という意味があり、「勤(ごん)」とも訳されます。仏道修行に努力し、つとめはげむことです。精進によって懈怠(けだい・怠け心)が対治されます。

 なお、日本語で「精進」と聞くと、「精進料理」のことを思い浮かべる人も多いかもしれません。一般には肉、魚、卵、五辛(ごしん)《ニラ、オオニラ、ニンニク、アブラナ、コエンドロ〔コリアンダー〕》を用いず、穀物、野菜、海草だけを用いた料理のことで、現在でもよく比叡山や高野山、また禅寺の宿坊などで提供されます。

 釈尊在世中のインドでは、「不殺生戒」が尊重されましたが、特に肉食が禁じられていたわけではありませんでした。しかし日本では675年、天武天皇が僧侶に対して牛・馬・猿・鶏の肉食(にくじき)厳禁の詔(みことのり)を発し、魚類の捕獲まで禁じたことに始まり、東大寺大仏を建立して仏法興隆に努めた聖武天皇が殺生肉食禁断を詔してからは、殺生禁断令が実行されました。現実には肉食が一掃されたわけではないようですが、寺院の山門には「不許入葷酒(くんしゅ)山門(葷酒山門に入るを許さず)」の一文を刻んだ結界石が置かれ、鳥獣の肉や魚はもちろん、臭気のある野菜(在家では五辛、僧侶では五葷(ごくん)。五葷とは、大蒜(にんにく)、莟葱(らっきょう)、慈葱(ねぎ)、蘭葱(ひる)、興渠(にら)のことで、栄養価が高く薬効もある)や酒が禁じられました(以上、鳥居本幸代『精進料理と日本人』春秋社、2006年より参照)。僧侶の肉食が公認されたのは明治に入ってから(1872年)のことです。

 本宗の大本山でも、宗祖上人の時代には厳しく精進が守られました。しかし戦後の昭和27年1月4日、妻のご老室像院(しょういん)様が根本中堂のご本尊・釈迦如来様のお膝元で百日の行を成満され、「今日から一切の精進は許すぞ」との〈おじひ〉を授かられてからは、精進が許されることになりました。ただし修行道場ですから、贅沢な食事は禁じられ、高菜の漬物がごちそうであったと伝えられています(『めぐみ』95号、26頁参照)。

 さて八正道の中にも正精進があり、四正勤(しょうごん)として、①未生(みしょう)の悪を防ぐ(律儀(りつぎ)勤)、②已生(いしょう)の悪を断ずる(断勤)、③未生の善を生じさせる(修勤)、④已生の善を増進させる(随護(ずいご)勤)が説かれました。ここで善とは成仏を助けるもの、悪とは成仏を遠ざけるものを指します。本宗では、個人の成仏を超えて、親を、ご先祖様を、世の人々を喜ばせる行為が善、悲しませる行為が悪と説かれています(宗祖の三教)。

 なお仏典には①被甲(ひこう)精進(固い誓願を起こして行を修す)、②加行精進(摂善(しょうぜん)精進:無上菩提を求めさらなる努力を重ねる)、③無怯弱(こにゃく)無退転(たいてん)無喜足(きそく)精進(利楽(りらく)精進:たゆまずひるまず衆生済度を愉(たの)しみに励む)の三つが説かれ、「精進とは善を喜ぶことである」ともあります。

 精進とか努力と聞くと、「~しなければならない」という緊張感が漂いますが、本来はそのような力んだ状態で行うものではなく、楽しみながら、感謝しながら行うものなのです。また、どんなに立派なお行ができたとしても、「おれが、われが」という我欲に囚われ、ただ回数や量だけを誇るようなことであれば、仏様に受け取っていただけるものにはなりません。

 「雨垂れ石を穿(うが)つ」という言葉がありますが、たとえ微力でも根気よく続ければ、やがてそれが大きな力となって物事を成就させます。また「一行一切行 一切行一行」と説かれます。一回の勤行、一称のお念仏を大切にし、一つのお行にも感謝のまごころを込めて実践してゆく心構えが大切です。

 「人並みは人並み」というお言葉もあります。日々の行願の、絶えざる積み重ねのなかで、さらに坂に車を押すような気持ちで仏様への信心に励み、より一層の精進努力を喜び、心の安らぎを感じていくことのできる私たちでありたいものです。(棟髙)

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