中山身語正宗

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平成30年12月

第2部 さまざまな菩薩 

②さまざまな観音(1)

 前回、観音様の住所は南方海上の補陀落山(ポータラカ)にあるというお話をさせていただきましたが、この話は『華厳経』「入法界品」に説かれ、各地で補陀落山を求める動きが起こり、観音霊場が成立しました。チベットでは、ダライラマを観音の化身と信じるため、その宮殿であるポタラ宮が、中国では浙江省寧波(にんぽー)の舟山諸島の普陀山が、朝鮮では江原道五峰山の海辺の洛山窟を中心として洛山寺が定められています。

 日本では、和歌山県の那智山が補陀落浄土の東門と考えられ、平安貴族の信仰を集めました。青岸渡寺は西国三十三所観音霊場の第一番札所となり、江戸時代には坂東や秩父にも霊場が開かれ、合わせて百観音巡礼として信仰されるようになりました。また補陀落山を音写した「ふたらさん(二荒山)」は奈良時代末期に開かれた山岳信仰の霊場で、「二荒」を音読みした「にこう」が「日光」という地名になったと言われています。

 さて、観音様は、私たちに最もふさわしい姿で現われるという性格のためか、他の仏様と違って、さまざまな姿をしているのが特徴です。

 さまざまな形を取る変化(へんげ)観音の代表は、六観音とよばれる観音様で、六道を輪廻する衆生を各々救済するとされます。書物には、「大慈観音は、正観音の変で地獄道を救い、大悲観音は、千手の変で餓鬼道を救い、師子無畏観音は、馬頭の変で畜生道を救い、大光普照観音は、十一面の変で阿修羅道を救い、天人丈夫観音は、准胝母の変で人道を救い、大梵深遠観音は、如意輪の変で天道を救う」などと説かれています(仁海「注進文」)。

 六観音は、真言宗では、聖・千手・馬頭・十一面・准胝・如意輪の六種類とされ、天台宗では、准胝の代わりに不空羂索が当てられ、合わせて七観音と呼ばれることもあります。今回は、聖観音、千手観音、十一面観音の三つを見ていきましょう。

①聖観音

 変化観音の出現に伴い、本来の一般的な観音様を聖観音(正観音)と呼ぶようになりました。もともとヒンドゥー教の女神が源流とも言われますが、頭上の宝冠正面に阿弥陀如来の化仏を頂き、左手に蓮華を持ち、右手は掌を上に向け、蓮台に立つ姿が一般的です。その他、左手に楊枝、右手に水甁を持つ、両手で宝珠を持つなど多くの種類があります。

②千手観音

 千手観音の千は無量円満を意味します。正式には、十一面千手千眼観音と言われ、あらゆる観音の霊力や霊現をそなえ、胎蔵曼荼羅の蓮華部院の最勝尊であるところから、蓮華王とも呼ばれています。仏の慈悲の象徴として、あらゆる衆生の苦悩を救い、願いを満足させるのですが、衆生の願いに従って、その一手ごとに持物を異にし、願いに応じてさまざまな物を施与します。その手のひらには眼があり、人々を教え導く智慧を示しています。ヒンドゥー教の最高神シヴァの妃ドゥルガー女神がもとになって成立したとも言われ、中国では宋代頃から、日本では奈良時代から、さかんに信仰されました。眷属として、二十八部衆や風神・雷神をともに祀る場合もあるようです。西国巡礼札所のなかで最も多く、本尊としているところは13ヶ寺あります。

③十一面観音

 十一面観音は、変化観音のなかで最も早く成立しました。変異金剛、慈愍(じみん)金剛とも言われ、頭上に十一の顔(面)を持っています。日本への伝来も古く、平安時代以降、民間信仰と結びついて「観音すなわち十一面観音」と考えられるほど観音信仰の主流を占めました。頭上面のうち前三つを菩薩(慈悲)面、左三つを瞋怒(しんぬ)面、右三つを狗牙上出(くげじょうしゅつ)面、後ろ一つを大笑面とし、頂上に仏面を配して十一面としますが、本面と合わせて十一面となる場合もあります。また各面は阿弥陀仏の化仏を付けた宝冠をいただき、左手に水甁を持ち、右手は前に向けて開く施無畏印を結んでいる場合が多いようです。西国札所の本尊では、千手観音につぐ多さで、本尊としている所は7ヶ寺あります。

(棟高)

(参考文献:関根俊一編『仏尊の事典』学研,1997年、『観音巡礼の本』同,2008年、他)

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