中山身語正宗

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令和元年8月

第2部 さまざまな菩薩 


⑩勢至菩薩

 勢至菩薩の梵名は「マハースターマプラープタ」で、正しくは大勢至菩薩といい、智慧の偉大な力ですべてのものを照らし、人々の迷いを除く菩薩です。

 主に、観音菩薩と共に阿弥陀如来の脇侍となり、阿弥陀三尊を形成することで知られています(右勢至、左観音)。観音菩薩が宝冠の正面に阿弥陀化仏を標識として付けるのに対し、勢至菩薩は宝冠に水甁(宝甁)を付けて表わすのが特徴的で、観音菩薩は阿弥陀仏の慈悲(無量寿)を、勢至菩薩は阿弥陀仏の智慧(無量光)を象徴するとされています。また密教では八大菩薩の一つとされ、観音菩薩の深い慈悲の勢力を得て人々に菩提心の種子を植え付ける働きをするとされます。なお勢至菩薩の三昧耶形が未敷蓮華であるため、虚心合掌する姿が多く見られます。

 鎌倉時代以降、浄土教がさかんになるにつれて阿弥陀三尊の造立も進みましたが、この菩薩が単独で祀られる例はほとんど見られないようで、他には来迎の時に阿弥陀如来とともに出現するとされる二十五菩薩の一つとして、あるいは十三仏の一つとして信仰を集めています。ちなみに、浄土宗を開かれた法然上人は、「智慧第一の法然房」と称され、勢至菩薩の生まれ変わりと言われていたようです。

 さて、宗祖覚恵上人は、旧暦七月の二十三日にお生まれになったと伝えられていますが、基山にも「二十三夜さん」と呼ばれる月待(つきまち)信仰があり、月の出るのを待って供物を供え、飲食を共にする行事が行われていました。二十三夜待ちは16世紀頃から行われているとされる有名な民間行事で、講などの組織で行われ、とくに下弦の月の半分として深夜零時ごろに出ることから、この夜に月待ちをすれば心願成就するという信仰がありました。この二十三夜待ちの本尊とされたのが勢至菩薩であり、月天子とも月読命とも言われますが、その由来や詳細は謎に包まれています。(棟高)

 ※掲載の写真は、佐賀県神埼郡吉野ヶ里町にある修学院(背振山下宮 天台宗 積翠教寺)の境内に祀られている二十三夜塔で、勢至菩薩を表わす梵字が刻まれている。

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