身語正の教え
「頼む一念身語正」とは 「助けてゆくぞ」とは
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「頼む一念身語正」とは
「み仏」への帰依と「み仏」からの働きかけ
 「頼む一念 身語正」とは、み仏に「頼む一念」ですがりきるなら、み仏から「身語正」(身に正しく如来の語)を授かるという意味です。

 この教えは「頼む一念」と「身語正」という二つの言葉から成り立っています。



「頼む一念」とは
我が身の伊達や飾りを捨て謙虚な心で、全身全霊を込めてみ仏にすがり、三歳児(みつご)、赤子(あかご)のように素直で清らかになるほどに、継続してお行(修行)をしていくことです。

 み仏は、私たち一人ひとりに幸せになれる「生き方」を教え授けようとされています。み仏からのその教えを正しく授かれるように、「頼む一念」という全幅の信頼をおいて、ひたすらみ仏にすがりきる(帰依する)ように教えられるのです。
蓮の蕾



「身語正」とは
「頼む一念」の“お行”を積み重ねていくと、み仏は私たちを幸せに導くために、「身語正」という“み仏の様々な働きかけ”を授けてくださるということです。

 「身語正」とは、「身(み)に正(まさ)しく如来(にょらい)の語(ことば)を授かる」と読みくだされます。
 その意味は確かに実在される「み仏」が、私たちを幸せに導くために、“み仏の様々な働きかけ”(身語正)を授けてくださるということです。
 具体的には、本宗の教師である寺院・教会・布教所の親先生のお済度を通して授かる〈おじひ〉、私たちの心のあり方を正すための自らの気づき、あるいは、み仏のご守護、ご加護といったものがあげられます。
つつじ
いずれも、み仏のこころ(智慧、慈悲)を授けようとされるものです。

(なお、「身語正」ということばは、本宗信心を特徴的に表しますので、本宗信心のあり方とともに、宗名の中核を示すことばとして使っています)



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