平成30年・バックナンバー

平成30年03月
第1部 菩薩の道

学びの森



③ 六波羅蜜(1)布施
 今回から、六波羅蜜について、順番に詳しく見ていきたいと思います。

 六波羅蜜とは、以下の六つです。

 ①布施(ふせ)波羅蜜

 ②持戒(じかい)波羅蜜

 ③忍辱(にんにく)波羅蜜

 ④精進(しょうじん)波羅蜜

 ⑤禅定(ぜんじょう)波羅蜜

 ⑥智慧(ちえ)波羅蜜

 今回は、布施波羅蜜のお話です。布施という言葉は、インドのサンスクリット語「ダーナ」を訳したもので、与えるという言葉に由来します。ダーナの音写(発音をそのまま漢字に当てはめる訳し方)が檀那(だんな)で、布施波羅蜜のことを檀(だん)波羅蜜とも言います。よく日本で使われる「檀那」もここから来た言葉で、布施を受けるお寺を「檀那寺」と言いますが、やがてお寺に布施をするパトロンという意味で用いられるようになり、「檀家」とも呼ばれるようになります。さらに現在では、皆さんもご承知のように「夫」という意味で使われています。

 さて、布施には、大きく分けて、次の三つがあります。

 ①財施(ざいせ)…お金や物などを人に施すこと。

 ②法施(ほうせ)…教えを人に説き示すこと。

 ③無畏施(むいせ)…心の安らぎを人に与えること。

 私たちが守るべき十善戒の一つに「不慳貪(ふけんどん)」があります。慳とは「物惜しみをする心」、貪とは「むさぼる心、独り占めしようとする心」ですが、布施の行は、誰かに対して何かを与える利他的な側面があり、この慳貪の心を対治する修行という意味があります。

 そして布施を行う際には、「三輪清浄(さんりんしょうじょう)」の布施をめざすべきだと説かれます。これは、誰が(施者)、誰に対して(受者)、何を布施するのか(施物)という三つに執着することなく行われる布施のことで、この三つが空(くう)であることを目指すため、「三輪空寂(くうじゃく)」の布施とも言われます。すなわち、施しても誇らず、受けても卑屈にならず、物の大小などに左右されない布施をめざすべきということで、施しても施したことを忘れ、「おれが、われが」という自分へのこだわり(我執)を離れる修行とも言えるものです。相手の立場に立ち、時と場にふさわしい、適切な量の、まごころからの布施を心がけたいものです。

 菩薩の布施は、布施を行じても行じたことを心にとどめず(=空《くう》)、布施の形にこだわらず(=無相《むそう》)、布施による果報を求めない(=無願《むがん》)ことから、三解脱門(さんげだつもん)に基づく布施とも言われ、私たちは最終的にはこのような布施ができることをめざします。

 もう一つ、お金がなくても実践できる「無財の七施」が仏典に説かれています。日常生活の中で身近にできる行として、普段から心がけましょう。(棟髙)

 「無財の七施」

 ①眼(げん)施    … 温かなまなざしで人に接すること。

 ②和顔(わがん)施  … 笑顔で人に接すること。

 ③言(げん)施    … やさしい言葉をかけてあげること。

 ④身(しん)施    … 人助けに奔走すること。身の布施(御行)。

 ⑤心(しん)施    … 思いやりの心をもつこと。

 ⑥床座(しょうざ)施 … 席を譲ってあげるように、「ゆずる心」で人と接すること。

 ⑦房舎(ぼうしゃ)施 … 客人をもてなすように、「おもてなしの心」で人と接すること。



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