平成29年・バックナンバー

平成29年12月
「学びの森」を歩く (6)

学びの森



仏教者の誓い、三宝帰依
 人が「仏教者」として生きようと誓わせていただく時には、「三宝帰依」といって「仏」「法」「僧」への絶対帰依を表明する必要がある、とされてきました。

 「仏」とは、「永遠の道理である真理をさとられたお方」のことであり、わたしたち一人ひとりを正しく導いて下さるお方のことです。このみ仏がわたしたちを正しく導くために示して下さった教えのことを「法」といいます。そしてこの「法」はみ仏の弟子たちによって「経典」としてまとめられ、伝承されてきました。このようにして残された「経典」を学び、それを正しく実践しようとしてきたのが「僧(伽)」と呼ばれる仏教者たちです。

 仏教という学びの森を正しく歩きたいと願うわたしたちであるならば、必ずこの「三宝帰依」を表明し「仏」「法」「僧」によって明らかに示される道を正しく歩く努力を怠ることはできません。なぜなら、仏教という学びの森を正しく歩けるわたしになれた時、真の幸せをしみじみと実感できるに違いないからです。

 では、仏教が明らかにしようとしてきたその道とは何であったのか。それを少しでも理解してもらえるように「学びの森」というタイトルを掲げて語らせていただいてきました。実は、このタイトルの下で語らせていただいたものは、本宗の機関誌『こすもす』紙上でおおかた30年近く続いています。その一端はこのホームページにも転載されていますので興味をもって下さる方々は、ぜひとも再読していただければ幸いです。

 今、改めて本宗が語ろうとしてきたところを思い合わせてみると、それは大体次のようなことでした。本宗の信心は、せっぱつまった土壇場に自分が立ち到ったことを実感した時、心底からみ仏にすがりつこうとして始まります。そこに「頼む一念」のまことがあった時、み仏の授けて下さる〈おじひ〉が素直にわたしの胸にしみわたってきます。藁にでもすがりたかったわたしですから、もうこの〈おじひ〉に頼るしかありません。〈おじひ〉を通して教えていただくままに行じることで、胸のつかえがおります。「なぜだろう、何を仏様から教えていただいたのだろう」と深く思案し、改めて「経典」を学ばせていただく時、フトみ仏のみこころに気づかせていただけます。だからこそその気づきを大切にして謙虚に一途にみ仏のみこころのままに行じることのできるわたしが新しく生まれ出たとしたら、まさしく仏教という「学びの森」を歩くあなたがそこにいます。いかがですか。

 このホームページを通しての私の担当の「学びの森」も今回をもって最終回となります。長年のご愛読に心より感謝し、お別れのことばといたします。(乘慶)



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