平成29年・バックナンバー

平成29年09月
「学びの森」を歩く (3)

学びの森



今なすべきことを怠けず努める
 「世は無常であるから、今なすべきことを怠けず努めよ」とは、仏教の開祖釈尊の最期のおことばとして伝えられているものです。仏教の「学びの森」を歩くわたしたちは、常にこのおことばを肝に銘じて過ごさなければなりません。

 わたしたちが暮らす世界は、決して止まることがありません。「生きる」ということは、常に止まることなく動き続け変化しつづける(これが無常であるという意味)ことです。そして、わたしたちが「生きる」ということは、「今」「ここに」「このようにして」ある瞬間に「なすべきこと」を精一杯怠けず努力して「なす」こと以外にはありません。

 ちょっと振り返ってみて下さい。昨日の同じ時刻、時間をあなたは「今」生きていますか、そんなことは不可能です。既に過ぎ去ってしまった昨日という時間を「今」「ここで」わたしが生きることはできません。

 そして、わたしの生きられる「今」「ここで」のこの時間は、今迄、決して生きたことのない未知の時間なのです。すなわち、常に動いていて、決して止まることのない「今」は、わたしにとって、いつも「未知」の時間だったのです。

 では、未知の時間を「怠けず努める」という生き方とは一体どういう生き方なのでしょうか。こんな生き方を正しく実践、実行するために最も大切なこととは何か。仏教は、それを「さとって生きること」「さとりを求めて生きること」と示してきました。すなわち、「何が正しいのか」を常に求めてその日、その日を怠けず努めることだと示してきたのです。

 仏教は決して「こうあるべきだ」とは、いいません。なぜなら、何事においても「決めつけてはいけない」と考える仏教に、そもそも「こうあるべきだ」という絶対的な答えなどあるはずがないからです。では、仏教は一体何をいっていたのでしょうか。その答えの一つが「世は無常であるから、今なすべきことを怠けず努めよ」ということばであり、そのことばに応じた行いとは、「今なすべきことを怠けず努めている」というわたしたちの信念を「いかにつくるか」ということだったのです。(乘慶)



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