平成29年・バックナンバー

平成29年07月
「学びの森」を歩く (1)

学びの森



仏教という「学びの森」を歩く
 アフリカのある森を唯一の生活の場所としてきた部族の人々は、その森を「子孫からの預かりもの」と受け止めて暮らしている、というお話を聞いたことがあります。近年人類は、わたしたちの住む地球を、このアフリカの人々のように受け止めるべきではないかと指摘されています。そして、その地球をいつまでも恵み豊かな場所として保っていくために「持続可能な生活の仕方」をしっかりと考えていくべきだ、といわれています。

 しかし、人間は、わたしたちの住むこの世界を、決して「生活の場所」とだけ考えてきた訳ではありません。特に信仰心を持って生きようとする人々にとっては、わたしたちの住むこの世界は、「真実とは何か」「人間とは何か」「わたしは、いかに生きるべきか」を考え、学ぶための「学びの森」でもあったと考えてきました。こんな、わたしたちの考え方を改めて振り返り、日々わたしたちの信仰生活をどうすべきかを考えてみたい。そんな思いから「学びの森」というタイトルが生まれました。わたしにとっての「学びの森」とは、「仏教」を学ぶための森でした。「学びの森」を歩く。わたし自身のその歩みの日々は、振り返ってみると、さまざまな試行錯誤の日々でもありました。その試行錯誤から生まれてきた一つの確信があります。それは、仏教の教えが、わたしたち自身の「ものの見方、考え方」を根底から問い直そうとするものであった、ということです。

 みなさまは、自分がどのような「ものの見方、考え方」をしているかをしっかりと見つめ直されたことがあるでしょうか。たとえば、旅行することが人生の唯一の楽しみと考えている人は、常に旅行のプランを立て、そのための準備に専念されることでしょう。人間にとって健康であることが最も大切なことと考える人は、きっと健康であるために必要なことは何かと探し求め、実践しようとされるはずです。すなわち、わたしたちは「どのように考えているから」「そのような生き方をしたい」と思うのです。では、そもそも人として「どのように考え」ることが大切なのか。ここに自分の「ものの見方、考え方」を根底から問い直す本当の意味があったことに気づかされます。

 「仏教」という「学びの森」を歩くための、この「ものの見方、考え方」を根底から問い直す。そんな試みをご一緒にしてみませんか。(乘慶)



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