平成29年・バックナンバー

平成29年03月
色即是空 空即是色 (3)

学びの森



「とらわれ」の心がストレスの原因に
 人には、「こころ」と「身体」があります。『般若心経』では、この身体の部分を「色」と呼んでいます。では、「こころ」の部分は一体どのように考えられているのでしょうか。仏教は、「こころ」を最も重視する信仰ですので、実は「こころ」を詳しく観察してきました。すると「こころ」といわれるものには、まず最初に外部から入ってくる様々な刺激を「感受する作用」のあることが判ります。この「感受作用」を「受」と名づけます。わたしたちがそういう「感受作用」を起した時には、次に必ずそれを「快」と感じたり「苦」と感じたりすることになり「これはイヤだ」などといった概念あるいは表象をつくる作用が働きます。これが「想」といわれるものです。その他にはっきりした概念や表象を起こすまでには到らないけれど、様々な思いがわき起ります。こうしたものを「行」といいます。そして、こうした受・想・行を基にして、わたしたちの「こころ」は、1つの分別、判断、認識といった作用をおこすというのです。これが、「識」です。

 そして、『般若心経』では、こうした「こころ」の働きである「受・想・行・識もまたまた空だ」というのです。

 物質だけではなく精神作用も「空なるもの」であるとする仏教的なものの見方、考え方は、実は、わたしたち自身のありとあらゆる「とらわれ」にこだわってはいけないというメッセージをわたしたちに送ってくれます。

 現代社会に生きるわたしたちは、精神的にも肉体的にも様々なストレスにさらされています。実は、このストレスとは「とらわれ」を核(コア)として起ってくるものです。これを仏教的にいうと、「心(精神的なもの)」「身(肉体的なもの)」に「とらわれる(空だと達見できない)」ために起ってきている、ということになります。(乘慶)



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