平成29年・バックナンバー

平成29年01月
色即是空 空即是色 (1)

学びの森



味わうほどに、深い洞察と生きる智慧を与えてくれるお経のことば
 『般若心経』というお経の中に「色即是空 空即是色」ということばがあります。仏教用語としての「色(しき)」は、形のある物のことです。机も「色」、ペンも「色」、わたしの身体も「色」、お菓子も「色」です。「空(くう)」というのは、本質が無いということ。もし机に本質があったらハンマーで力一杯たたいても絶対壊れることがないはずです。ここで言う本質とは、あるものが永遠にそのものとしてありつづけることのできる、そのもの「自体」のことです。ですから「色は是れ空、空は是れ色」というこの『般若心経』のことばは、形あるすべての物には、元々「本質」がないので必ず変化する。本質をもたないものは、だからこそ、その「時々」に1つの形をとって現われるという意味になります。

 わたしたちは、だれもがこの世に生まれ出た時、大体体重が2500g〜3000g位で身長が50p前後の赤ん坊として生まれてきます。そのわたしたちは日に日に身長と体重を増やしつつ、その成長が止まるまで変化しつづけます。そして、成長が止まった後は、日に日に「年老い」始めて寿命が尽きるまで衰え続けます。なぜなら「色」の1つであったわたしには、本質がなかったため、常に変化し続けて、必ず死を迎える、という訳です。

 さて、みなさんは、『般若心経』のこんなことばの意味を知られた今、どんな思いをもちながら、自分自身の身体を見ておられるのでしょうか。「花の命は短かくて・・・」といいます。わたしたち人間の命は、花よりも長いかもしれませんが、高々100年程のものです。やはり天地のもつ長さに比べればほんとうに短いというしかありません。でも、すべての命は、その短い時間の中にあって、実は「本質をもたないからこそ千差万別の在り方」を見せてくれます。そして、その在り方の多様さが、生きている命の美しさを感じさせてくれたり、その生きる姿の愛おしさを感じさせてくれたりするのも事実です。

 仏教的ものの見方、考え方がどういうものなのかを教えてくれる「お経」のことばは、味わえば味わう程に深い洞察をわたしたちに与えてくれます。そして人は、その洞察から得た智慧をもって自分の人生を「生きる」時、自分の生きる意味が本当にわかってくるのではないか、と思います。

 「色即是空 空即是色」ということばを通して、仏教的ものの見方、考え方を改めてご一緒に学んでいきませんか。(乘慶)



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