平成28年・バックナンバー

平成28年8月
なぜ信仰するの? (6)

学びの森



〈おじひ〉のままに歩めば、納得のいく自分になれる
 前回、キサー・ゴータミーのお話をしました。わが児の「死」を受け入れられなかったキサー・ゴータミーは「わが児が病になったため、目を開けず、口もきかず、何も食べようとしないのだ」と思い込もうとし、その病を治してくれる人を探し求めていました。しかし、釈尊は、そんなキサー・ゴータミーを頭ごなしにいさめよう、教え諭してやろうとはなさいませんでした。まずは、キサー・ゴータミーの気持ちを素直に受け止められ、「この病を治すには、今まで死者を一人も出したことのない家の芥子の実が必要だ」と伝えられるのです。

 わが児の死を受け入れられず、悩み、苦しみ、迷っていたキサー・ゴータミーにとって、その指図は、ここちよい癒しとして響いてきます。だからこそ、「ありえぬ指図」に素直に従おうとするのです。しかし、その指図は「ありえぬ」ものであるが故に実現することはありません。次第に冷静になっていく自分の心に浮かんでくるものは、「今まで死者を出したことのない家など、あろうはずがない」という当然すぎる現実をまっすぐ見つめる心になっていたのです。だからこそ釈尊は、「その通りだ」といわれたのです。

 仏が教えようとされることは、「あるがまま」を「あるがまま」に見よということです。決して、自分が見たいように見てはならない、といわれるのです。しかし、わたしたちの普段の思いは、「こうありたい」「こうであって欲しい」と自分が見たいように見たい、と思い続けています。だからこそ、み仏は、「自分が見たいように見たい」と思っているわたしたちの気持ちをまずは受け止めて下さり、「ならば・・・せよ」と示して下さるのです。これは、わたしの心や気持ちを冷静にさせ、正しく「あるがまま」を「あるがまま」に見る準備をさせるための巧みな工夫(方便)だったのです。

 中山身語正宗の信心における体験談には〈おじひ〉をわたしたちに授けて下さる「〈おじひ〉の親」たるみ仏の巧みな方便が随所に見られます。

 実母が末期の肝臓がんで、余命1年と診断された二人の小さな子供の母親Tさんは、〈おじひ〉を通して「三年三月、親寺の朝勤行を勤めよ」といわれます。そこで、小さな二人の子供を連れて、毎日毎日親寺へ通われました。日参りの行が、ちょうど1年目を迎えた時、実母は病院のベットで、まだしっかりと入院生活を送っていました。2年目も3年目も、体力は徐々に落ちてはいるものの、しっかりとTさんの看病をよろこんでくれる母だったのです。そして、遂に三年三月の日が訪れました。実母はまだしっかりと入院生活を送っています。そして、その実母が心安らかに生涯を閉じられたのは、丸4年がたった時だったといいます。

 〈おじひ〉はみ仏から授けていただくおことばです。Tさんはそのおことばに対して、キサー・ゴータミーが釈尊のことばに従ったように従われました。すると、「余命1年」という宣告に対し、「三年三月の日参り」をするという、理に叶わぬ行動を始めたことになります。きっと、Tさんの胸には、「どうして」という思いがくり返し浮かんだことでしょう。でも1年がたった時、「おや」と思われ、2年がたった時、〈おじひ〉でいわれる通り、「三年三月、母は大丈夫かもしれない」と信ずるようになられたことでしょう。そして、「三年三月」がたった時〈おじひ〉に間違いはないという篤い信頼が確立し、丸4年たった時の実母の死を心より納得して受け止められたに違いありません。

 「なぜ信仰をするの?」という答えのひとつは、きっと自分の行いを納得させていただける自分になれるからではなかったでしょうか。(乘慶)



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