平成28年・バックナンバー

平成28年1月
宗教学から見た中山身語正宗[11]


聖職者とは何か 学びの森

信徒を正しく導くプリースト(聖職者)
前々回、シャーマンという宗教的職能者について触れました。シャーマンは、既成教団などの教義・組織・制度とはあまり関わりなく、自ら直接、神仏などの聖なる存在に触れたり、聖なる領域を体験したりする力を得て、宗教的指導者となっていくタイプでした。
 なかでも、釈尊やイエスを始め、お上人様など一宗一派の祖師となられるような方は、シャーマンとしての資質のみならず、神仏から言葉を授かる「預言者」としてのカリスマ性をも備え、その崇高な人格と言動によって多くの人々を導く特別な宗教的指導者と言えそうです。

一方、特定の宗教教団などにおいて、精神的指導者として社会からも認められている宗教的職能者を「プリースト(聖職者)」と言います。日本の仏教界では「僧侶(お坊さん)」「住職」などと呼ばれる方、キリスト教カトリックでは「神父」「司祭」などと呼ばれる方がプリーストに相当しますが、宗派などによって多様な形があります。
一般にプリーストは、神や仏に近づくことを目指して瞑想・祈り・聖典の学習・修行などに明け暮れ、また信徒の悩みや苦しみを聞いて、正しい助言・指導を行う存在であるとされます。聖なる神仏に我が身を捧げ、禁欲的な生活を送り、信徒を正しく導くことから、信徒や地域社会から尊崇されます。現在では、とくに仏教の場合、女性の聖職者(尼僧)も増えています。

しかし、プリーストはシャーマンとは異なり、地域社会や所属する宗教教団の教義・組織・制度を無視できない面もあります。プリーストには、それらの特定の教義・組織・制度をうまく生かしつつ、信徒を正しい道へと導いていくことが求められるのです。
一方、同じ仏教でも、当初から肉食妻帯を認めていた浄土真宗の場合は、僧侶に特別な修行や禁欲生活は求めず、普通の世俗生活を営むことが多いようです。これは、僧侶と信徒(門徒)には本質的な差はなく、すべて凡夫として仏の前では平等であるという発想に基づいています。大乗仏教の在家菩薩の立場を徹底した見方と言えます。

なお、キリスト教でもプロテスタントの場合は、神と人の間に介在する宗教権力(教会)を認めないことから、宗教的指導者は「牧師」「伝道師・宣教師」などと呼ばれ、浄土真宗の僧侶に近い意味づけがなされます。しかし「召命」により神に一生を捧げることから、一般信徒とは明確に区別され、信徒から尊崇も受けます。
なお、プリーストにとっては、後継者をどのように育てていくのかという問題も重要です。日本仏教の場合、明治以降は肉食妻帯が公認となり、結婚して世襲制を取る形が増えました。しかし世襲においては、後継住職の聖職者としての品格をどのように養い、正しい仏法を継承させていくかという大きな課題が残されています。

さて、本宗でプリーストに当たる存在は、管長猊下をはじめ「親仏」と呼ばれる方々ではないでしょうか。親仏は師主知識として尊崇され、同行である子仏にとっては信仰上の親として、正しい信心へと導くお手伝いをされる方でもあります。なお、僧俗の分け隔てない信心を説く本宗において、「僧侶とは何か」「僧侶はいかにあるべきか」という問題についても真剣に考えるべき時がきているようです 。

『こすもす』398号(平成26年2月5日発行)「神仏の輝き」より


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