平成27年・バックナンバー

平成27年11月
宗教学から見た中山身語正宗[9]


火とシャーマン 学びの森

不浄を焼き尽くし、再生を促す意味を持つ火
以前、水による浄化を取り上げましたが、宗教儀礼では、火によって不浄を焼き尽くすということもよく行われます。火は光であり、古代ペルシャで信仰されたゾロアスター教は、光の神アフラマズダを象徴する聖なる火を崇(あが)めることから拝火教(はいかきょう)ともいわれました。
火の儀礼としては、本宗でも行われる「護摩」が有名です。護摩はサンスクリット語「ホーマ」に由来し、もともとインドのバラモン教で火神アグニを供養して願望成就を祈った儀礼から来ているとされます。実際に護摩壇で行う修法を「外護摩(げごま)」、自身を壇場として仏の智慧の火によって煩悩の薪(たきぎ)を焼き尽くすことを観想するものを「内護摩(ないごま)」といいます。

外護摩には壇(だん)護摩と柴燈(さいとう)護摩があり、大本山では、毎月18日に壇護摩、立教の日である2月18日に柴燈護摩を焚(た)いて諸祈願を行います。また柴燈護摩を厳修した後に、その焚火(たきび)の上を素足で踏み渡る「火渡り」の儀式を行うところもあります。護摩は息災・増益(ぞうやく)・敬愛・降伏(ごうぶく)という諸願を成就させる力があるとされ、密教以外の宗派でも行われます。その本尊の多くは不動明王であり、全身火焔(かえん)となって衆生の一切の煩悩障難(ぼんのうしょうなん)を焼き尽くすと言われる火生三昧(かしょうざんまい)に入られるのです。水と同様に、火もまた罪穢(つみけがれ)を浄(きよ)め、再生を促す意味を持っていることがわかります。

古代インドでは、行者である沙門(しゃもん)は、さまざまな苦行を通じて体内に熱エネルギー(「タパス」)を蓄え、この熱の力によって身心の不浄を焼き尽くすことができるとされました。行者は火を統御(とうぎょ)する者でもあったのです。同様にして、古来、日本でも「火を統御する者」が「火知り〈=日知り=聖(ひじり)〉」と呼ばれてきました。
沙門は「シャーマン」と語源的に関係があるとされています。シャーマンとは、神や霊と直接交流ができる能力をもつ宗教者のことで、「トランスなどの異常心理状態で超自然的存在と直接に接触・交流し、予言や託宣(たくせん)、卜占(ぼくせん)、治病(ちびょう)、祭儀などを行う人物」(『宗教学辞典』)です。東北地方のイタコや沖縄のユタなど、女性である場合も多く、古代日本では卑弥呼をはじめ神道の巫女(みこ)がその役割を担(にな)っていたとされています。シャーマンを中心とする呪術(じゅじゅつ)・宗教的形態は「シャーマニズム」と言われ、世界各地に見られます。

シャーマンになる人物は、心身の苦しみや原因不明の病などに悩まされたり、人生の困難に直面したりした後に神仏に見込まれ、シャーマンになることが多いと言われます。これらの病は「巫病(ふびょう)」と呼ばれ、シャーマンになるためにかかる病であって、通常の医療行為では治らないようです。そのような苦難の道のりを歩むことが、シャーマンとして一人前になるための資質を磨く修行の一環であると考えられているのです。
苦しみを耐え忍び乗り越えていくなかで、「タパス」が蓄積され、神仏と交流できる力が育まれるのでしょうか。新しく一宗一派を開き、開祖・宗祖となられるような方の場合、このようなシャーマンにも似た過程を歩まれる場合が多いようです。本宗の場合も、『宗祖上人伝』に如実に語られておりますように、宗祖覚恵上人は、とりわけ立教されるまでの間、言語を絶するような多くの苦難に遭遇されています。その苦難を乗り越えられるお姿は、衆生済度に燃える大悲の炎を象徴しているかのようにも感じられます。

『こすもす』396号(平成25年12月5日発行)「神仏の輝き」より


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