平成27年・バックナンバー

平成27年3月
宗教学から見た中山身語正宗[1]


1.宗教とは何か 学びの森

宗教とは、神(仏)を知り模倣すること
「宗教」とは何でしょうか? 「宗教」というと、日本ではあまりよいイメージがないかもしれませんが、ある調査によれば100通り以上の「宗教の定義」があるとされます。世界には、キリスト教やイスラームをはじめ、さまざまな宗教があります。私たちの信仰する中山身語正宗もその一つですが、これまでは仏教や密教(みっきょう)を前提に考えることが多かったようです。
哲学や心理学などと並んで宗教学という学問があります。宗教学は、神学や宗学のように、ある特定の信仰を深めたり基礎づけたりするものではありません。そのため宗教学それ自体は人生の指針を与えてくれるようなものとは異なりますが、自分が信仰している宗教を広く客観的に見つめる上で新しい視点を提供してくれます。

今回から10回にわたり、この「宗教学」の視点から中山身語正宗を見なおしてみるとどう映るだろうか、ということを考えてみようと思います。宗教学というと何かとても難しく聞こえますが、私たちの信仰と決して無縁ではありません。何か一つでも本来の信心をふりかえるきっかけとしていただければ幸いです。
みなさんは「風の谷のナウシカ」や「チャングムの誓い」をご存知でしょうか。ここには直接宗教が出てくるわけではありませんが、そのストーリーに「宗教的な何か」(宗教性)を感じさせるものがあります。ナウシカは自分の身を犠牲にして人々を救います。チャングムもさまざまな困難を乗り越えながら、広く人々に貢献する道を歩んでいきます。そこには、何か大切なメッセージ、人を感動させる何かがあるようです。

また、山奥の森林の澄み切った空気、美しい夕焼け、満天の星空…そのような自然に触れて心がときめいたことはありませんか。私たちの心が安らかになり、生きている喜びがわいてくるなら、これらもまた宗教的体験の一つと言えるかもしれません。
寺社仏閣や経典の中だけに宗教があるわけではありません。家族との団欒(だんらん)や、身近な生活の何げないひと時の中にも「宗教性」は潜(ひそ)んでいます。宗教学では、このように広い意味で宗教性のあるところを宗教と捉えるのです。
さて、ここで「宗教とは何か」について考えてみましょう。哲学者の西田幾多郎は、著書『善の研究』の中で「宗教とは神と人との関係である」と述べています(『身語正教学』5頁参照)。古代ローマの神学者セネカは、同じ内容を「宗教とは、神を知ってこれを模倣(もほう)することである」と表現しています。

これは本宗でいえば、み仏である根本大悲の親(ご本尊中山不動尊)の導きに従って、み仏のように生きようとする、ということでしょうか。まさにそれを実行されたのが宗祖上人であるといえるでしょう。子は親の真似をするものです。仏の子である私たちは、宗祖上人や親仏を見習い、仏を模倣していくことが信心の道につながります。その延長上に、身に即(そく)して仏を成(じょう)ずる、ということが実現できると考えられます。

『こすもす』387号(平成25年3月5日発行)「神仏の輝き」より


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