平成26年・バックナンバー

平成26年12月
中山身語正宗を語る[1]


近年本宗は、「身語正は、立教当初から身語正であった」として、自分たちの信仰を語ろうとしてきました。平成23(2011) 年に本宗は「立教壱百年」の節目を飾り、周囲からも今迄とは違った視点で見られる宗団となっています。そこで、わたしたち自身の本宗の語り方を考えてみましょう。 学びの森

「身語正は、立教当初から身語正であった」
「中山身語正宗ってなに」。こんな問いかけを思いがけないお方からされることがあります。わたしたちは、こんな問いかけに対して、一体どのような基本姿勢をもって答えていけばいいのでしょうか。
本宗では、こう確信させていただいております。
「身語正は、立教当初から身語正であった」
と。

この確信の意味とは何か。しばらく全宗人の皆様とご一緒に考えてみたいと思います。
宗祖上人は、ご自身「学校」という教育の場所に通ったのは、小学校に入学してからの「三ヵ月間」だけであったことを述懐されています。この宗祖上人のおことばは、ご自身の信仰歴にも当てはまることとして語られたものであったと考えられます。すなわち、宗祖上人の信仰歴、特に42歳で本宗を立教されることになるのですが、それまでの宗祖上人の経歴の中に「仏典を読み、師僧を得て求道する」といったお姿が全く見えないことが注目されます。
この事実と、宗祖上人が本宗の「開祖」となられたという事実とは、一体どのようなつながりを持つのでしょうか。

宗祖上人の実父・木原要吉は、地元に江戸時代から信奉されてきた「内信心(ないしんじん)」の中で「客人」と呼ばれるリーダー格に準ずる篤信者であったことが知られています。ですから、木原家やその周辺に「信心」への篤い想いがあったことは確かだと思われます。
しかしそんな中で、幼い宗祖上人に係わるエピソードは、周囲の人々の理解を越えた宗祖上人の言行に由来するものばかりです。
明治3(1870)年生まれの幼い宗祖上人は、真昼の空を仰ぎ見ながら「星が見える」と言ったことが伝えられています。現代のわたしたちは、真昼の空にも星のあることを知っていますし、天体望遠鏡を通して真昼の空に「星」たちを見たことのある人も少なからずおられることと思います。しかし、今でも肉眼のみで真昼の空に星を見ることのできる人は、多分皆無だと思います。
こんな摩訶不思議なことを、ポツリ、ポツリと口にする幼い宗祖上人が周りの人々から奇異な目で見られていただろうことは、容易に想像していただけるはずです。

では、なぜ幼い宗祖上人は、こんなことばを口にされたのでしょうか。それを宗祖上人ご自身は、「わたしの胸ん中におられるお方が、勝手にわたしの口を借りて言われる」と語られています。
すなわち、宗祖上人には「物心つく頃」から、このような不思議な体験が幾つもあったということです。本宗では、こうした体験を「〈おじひ〉の体験」と呼んでいます。実は宗祖上人が本宗の「開祖」となられる遠因は、物心つく頃から起こり始めたこの〈おじひ〉の体験にあったのです。
では「なぜ」、宗祖上人は、このような体験をされるようになったのでしょうか。そこには、何ら特別な努力やきっかけが見つけられません。あえていうとしたら、生まれつき、という他ないのです。では、それは宗祖上人が「特別な人」だったからでしょうか。宗祖ご自身は、決してその様には「思っておられなかった」ことだけは、はっきりしています。

「こすもす」 397号(平成26年1月5日発行)より


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