平成26年・バックナンバー

平成26年11月
中山身語正宗と仏教の常識[21]


日本の仏教は、葬式仏教だ、と非難をこめて呼ばれることがあります。そのためか、近年「葬式のあるべき姿とは何であったのか」を改めて問い直そうとする動きが活発です。このように日本の仏教と葬式の強いつながりが「どうして生まれてきたのか」を今回は考えてみることにいたしましょう。 学びの森

檀家離れ、墓離れなど近年の葬式問題と、本宗のご先祖供養・回向
死者を悼(いた)む儀礼としての死者儀礼は、人間らしさのあらわれの一つとして、とても古い時代から行われてきた、といわれています。ですから日本においても、仏教が伝えられた今から1500年以前に、既に連綿とした「日本人独特の死者儀礼」としての葬式が行われていました。そして、その儀礼は、日本の中でも地方地方に独特の方法で行われていたのです。
実は、仏教が始まったインドにおいて、仏教の開祖釈尊は、仏教独自の「仏教式葬儀」というものは作られませんでした。ですからご自身の死に直面され、弟子から「どのような葬式をさせていただけばいいのですか」と問われた時、葬儀の専門家である当時の聖職者バラモンに委(ゆだ)ねればよい、と答えられたと伝えられています。ですから当然の如く、仏教が伝えられたばかりの日本では、葬儀をするのは、仏教の僧侶の仕事ではなかったのです。

ところが、宗教の専門家としての仏教僧の存在感が高まっていくと共に、葬儀も仏教僧にしてもらう方がありがたいと認知されるようになり仏教僧が葬儀の専門職とみなされるようになったのです。
そして江戸時代になると、当時の幕府は、民衆の戸籍を管理するという大役を仏教僧に集約できるように「寺檀制度(じだんせいど)」を整えていきました。すなわち、全ての民衆を特定のお寺の檀家に定めて、その葬儀を檀那寺(だんなでら)の住職だけが行えるようにしたのです。こうなると、檀那寺の住職は、檀家の一人ひとりの葬式だけではなく年忌年忌の法事も行うことになりこれが主たる役割の一つとして定着していくことになります。
こうした制度がうまく機能していった背景には、檀那寺と檀家との篤(あつ)い信頼関係や制度上の必然性がしっかり認識されておらねばなりませんでした。こうして、「家制度」などさまざまな制度が自明のものと確信されることになったのです。
しかし、太平洋戦争後、日本の社会は、こうした旧来の制度が徐々に弱体化するようになり、その結果さまざまな新たな課題が生まれることになったのです。

その一つが「葬式問題」だったのです。
現在、日本の伝統仏教教団では、檀家離れ、墓離れ、葬式離れという課題に直面され、頭を悩ませておられます。
死者を悼み、死別の悲しみをしっかりと受け止め、至心に葬儀を営み死者の供養を行って、心の癒しを得ていくことは、とても大切なことと現在益々強く認識されてきているのも事実です。では、それを文字通り行ってくれる葬式や一連の死者儀礼が実際に行われているのか。これが現在の「葬式問題」の要(かなめ)にあるもののようです。
「ご先祖代々菩提が醍醐なり」と確信し、日々「ご先祖供養(ご先祖様への敬いと感謝を表す)」「ご先祖回向(ご先祖様お一人おひとりの菩提成就を心底より願わせていただく)」を行わせていただく本宗の信心の中で、こうした問題にどのように応えているのかをしっかり自覚し全宗人に理解していただくということが、実は本宗の信心を具体的に周りの多くの方々にお伝えする上で、とても大切な課題であったということを、今一度自覚し直しておきたいものだと思う次第です。

「こすもす」 396号(平成25年12月5日発行)より


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