平成26年・バックナンバー

平成26年8月
中山身語正宗と仏教の常識[18]


インドで始まった仏教は、およそ1000年間という時間をかけて日本に伝えられました。そして、日本において更に1500年間をかけて、現在わたしたちが共有している「日本の仏教」になったのです。では、この「日本の仏教」には、どのような特徴があるのか。それを味わっていくことにしましょう。 学びの森

「真摯な仏教者」となることが、日本の仏教者の目指すべき姿
親鸞聖人(しんらんしょうにん)は、「皇太子聖徳奉讃(こうたいししょうとくほうさん)」と名づける和讃(日本語で書かれた仏・菩薩やすぐれた仏教者を讃嘆(さんたん)する歌)の中で、聖徳太子を「和国(わこく)の教主聖徳皇(きょうしゅしょうとくおう)(日本ではじめて仏法を教えられた聖徳太子)」と讃嘆されていることは、よく知られた事実です。

日本では、広く「日本の仏教」の最初の教主(教え主)が聖徳太子であったと確信されてきました。ところが、その太子が、出家された僧侶ではなかったことは、あまり強調されることはなかったようです。そんな事実は、むしろ、ほとんど意に介されることもなく、広く日本の仏教の各宗派において敬われてきたのです。
わたしは、「日本の仏教」の特徴を考えようとする時、実は、これがとても大事な事実ではなかったかと思い続けてきました。すなわち「日本の仏教」において、真摯(しんし)な仏教者とは「僧俗」をその出発当初から、ほとんど問題にしない特徴を持っていたと思えるからです。これが本当だとしたら、日本の仏教が「出家者の絶対性」を堅持しようとする体質をほとんど持たず、その結果、仏教の歴史の中で新たに興ってきた「大乗仏教」運動を先天的に受け入れる体質を持っていたことになる、といえるのではないでしょうか。もし、その通りであれば、「日本の仏教」は、大乗仏教運動を最もよく体現できる仏教国としての特徴を示そうとしてきたのかもしれません。

このように考えてくると、「非僧非俗」を広言された親鸞聖人が冒頭のようにいわれた意味も、改めて味わい深く味わえます。
すなわち、「日本の仏教」においては、出家得度をして僧侶となって仏道修行してこそ尊いのではなく、僧となろうが在俗のままでいようがともかく「いかに真摯に仏道を歩くか」が大切なのだと確信されてきたのです。そして、その「真摯さ」をどこに、どのように発見してきたかが「日本の仏教」の中で語られる高僧、名僧、あるいはすばらしい仏教者の姿に反映されているのです。
日本の各仏教宗派の祖師や一休、良寛、あるいは「妙好人」と呼ばれる浄土真宗の中の念仏者など、その姿は、実に多彩です。そして、それらの人々を通して語られようとしてきたものは、形式ばった理想的な仏教者像ではなく、逆に生き生きとした息吹が今も感じとれそうな仏教者の姿ではなかったでしょうか。

わたしたちは「中山身語正宗」の宗祖たる「覚恵上人」のお姿を想い浮かべる時、正(まさ)しく「宗祖上人」もまたそうした「日本の仏教」の中で語り継がれるべき代表的な仏教者のお一人であると確信させていただけるのではないかと思います。
すなわち「日本の仏教」において「真摯な仏教者」の一人となろうとすることは、すべての日本の仏教者が目指すべき姿だったのではないでしょうか。中山身語正宗において、み仏がすべての本宗人を「身語正行者」と呼んで下さり、だからこそ身語正行者たるお前達には、しっかりと「大乗仏教」において理想の仏教者とされる「真(まこと)の菩薩」となってほしいと願って下さったのではなかったでしょうか。
こんなことを最初の出発点としてしばらく「日本の仏教」、すなわち日本化された仏教の姿をさぐっていくことにいたしましょう。

「こすもす」392号(平成25年8月5日発行)より


学びの森・バックナンバーはこちら

サイトマップ ページトップへ

Copyright 中山身語正宗 All Rights Reserved.