平成26年・バックナンバー

平成26年3月
中山身語正宗と仏教の常識[13]


仏教において最も大切な「宝」として「三宝」が挙げられてきました。三宝とは、「仏宝(み仏)」「法宝(み仏の教え)」「僧宝(み仏に仕え、み仏の教えに則って仏道修行をする人々)」です。日本に仏教を根付かせた最大の功労者とされる聖徳太子の「篤(あつ)く三宝を敬え」は、有名なことばです。

学びの森

仏教者が帰依すべき三つの宝「三宝」、その一つ「仏宝」とは
仏教では、伝統的に「三宝(さんぼう)に帰依(きえ)する」、すなわち、三宝を篤く敬(うやま)い、三宝を頼りにして、三宝に対して自己の身心を投げ出して信奉いたしますと心底より誓うことによって、仏教者の一員になったと見なされてきました。
 ではここにいわれる「仏」「法」「僧」という三宝は、今日のわたしたちにとって、どのように受け止め理解していけばいいのでしょうか。今回からしばらく、このシリーズで考えてみたいと思います。

では「仏宝」から考えていくことにいたします。
仏教において「仏(ブッダ)」とは「(さとりを開き、真理に)目覚めた人」のことを指す、とされます。そして「さとりを開き、真理に目覚めることができた人」は、ただ仏お独りであって、凡夫(ぼんぷ)といわれるわたしたち人間にとっては、全く想像することすらできない境地に達せられた人のことだ、とされます。そのため、み仏の享受しておられる境地がいかなるものか、垣間みることすらできません。そこで仏教では、み仏のことを次のように受け止め、理解しようとしてきたのです。
今からおよそ2500年前のインドに、ゴータマ・シッダールタという名の修行者(沙門・シュラマナ)がおられ、35歳の時に「さとりを開かれた」のだ、と。ですから当時、インドの地にいて、さとりを開きブッダ(仏すなわち釈尊のこと)となられたゴータマ・シッダールタに相見(あいまみ)えることができた人々にとって、「仏は生きて、わたしに話しかけ、導いて下さる」尊い師と実感できていたに違いありません。

その歴史上の人物であり、生きたみ仏であった釈尊は、80歳でそのご生涯を閉じられ、わたしたちが再び相見えることのできない存在となってしまわれました。そのため、仏教者たちは、ひたすら自分が実感をもって相見えることの「できる」仏を求め続けてきたのです。
「再びみ仏と相見えたい」という熱烈な仏教者の願いを叶える方法として現実世界に造られたものの一つが「ブッダ釈尊の遺骨を納めた」仏塔でした。この仏塔の下には、確かに相見えることができた、かつての釈尊の遺骨が確かにありました。そして、その仏塔を目の前にして、釈尊のご生涯(仏伝)を聞くことで釈尊没後の仏教者たちは、み仏と相見える実感を自分のものとしていったのです。

しかし、そうした相見え方は、「追憶の彼方(かなた)に現われる映像の如きものを求める」ばかりで、自分にとって自分の血肉に本当に触れる、「わたしも釈尊のようなさとりが体現でき、わたし自身が仏になれる」という「仏」として、生々しく実感できるものではなかったのです。
そこで、こうしたことに気付いた新たな仏教者達は、「さとりを開かれたみ仏」をわたし自身の上に実現させて、み仏と相見えるために、「み仏になれるためのさとり(法)を実感できる新たな経典作りに専念するようになった」と考えられてきました。
その結果、仏教者は、膨大な経典群を生み出し、その経典群の内容を真剣に読み解こうとしてきたのです。そして経典群の中に明らかにみ仏を見いだし、相見えてきたのだといいます。これが伝統的な仏教僧の修行の姿だったのです。

「こすもす」387号(平成25年3月5日発行)より


学びの森・バックナンバーはこちら

サイトマップ ページトップへ

Copyright 中山身語正宗 All Rights Reserved.