平成25年・バックナンバー

平成25年8月
中山身語正宗と仏教の常識[6]


中山身語正宗の信心の実践者である「身語正行者」の学び修するべき「三学」とは何でしょうか。それを一つひとつ詳しくお話していくことにします。まず最初は「戒学」です。戒学とは、本宗の信心の実践者が「身につけておきたいよい習慣とは何か」ということです。

学びの森

宗人に示される戒学(身につけておきたいよい習慣)とは
中山身語正宗への「入信儀礼」であるとされる「ご成就」をいただいた人は、必ず本宗の信心の「道しるべ」である『おさづけ』を授けていただきます。この『おさづけ』の第3条に、「ご成就」を授って、み仏から「身語正行者」と呼んでいただくことになったわたしたちが、その学ぶべき「戒学」として、「十善戒(じゅうぜんかい)」と「七仏通誡偈(ひちぶつつうかいげ)」とを授けていただいたことが明示されています。
「十善戒」とは、不殺生(ふせっしょう)戒、不偸盗(ふちゅうとう)戒、不邪婬(ふじゃいん)戒、不妄語(ふもうご)戒、不綺語(ふきご)戒、不悪口(ふあっく)戒、不両舌(ふりょうぜつ)戒、不慳貪(ふけんどん)戒、不瞋恚(ふしんに)戒、不邪見(ふじゃけん)戒の十個の戒(いましめ)のことです。

いかなる信仰(宗教)であってもその信仰に入り、その信仰を正しく実践しようと誓う人には、必ずその信仰の「教え主(教主)」とされる神・仏からしかるべき戒(いましめ)が授けられ、それを必ず守りますとの誓約がなされねばならないとされます。すなわち、信仰するということは、このようにして授けられた戒を必ず守らねばならない、ということです。
仏教の信心(法門)たる中山身語正宗においては、仏教の中でも、「大乗仏教」と呼ばれる菩薩の修行法において「戒の王」とも称される「十善戒」を身語正行者の「戒学」として授けていただきます。また、生きたみ仏がこの世にお出ましになった時には、その仏たちが共通してお説きになられるといわれてきた「七仏通誡偈」も同時に身語正行者の戒学として授けていただくのです。

「七仏通誡偈」とは、漢訳された仏典においては、
諸悪莫作(しょあくまくさ)諸々の悪をなさず
衆善奉行(しゅぜんぶぎょう) あらゆる善を実修せよ
自浄其意(じじょうごい) そして自らの意(こころ)を浄めよ
是諸仏教(ぜしょぶっきょう) これがこの世に出られみ仏たちが共通して説かれる「わたしたちのなすべきいましめ」である
ということばで表わされています。

では、十善戒の一つひとつについて学んでおきましょう。
「不殺生戒」とは、殺すな、生命あるものの生命を無闇(むやみ)に奪うな、という意味です。ところが、よくよく生物としての人間、自分自身のことを振り返るとはっきり分かるように、人間は他の生命を奪わずに食べて生きていくことはできません。ことばを換えていうと、他の生きものの生命を奪って、それを食べるからこそわたしたちは生きていけるのです。すると、み仏の授けて下さるこの「不殺生戒」というのは、わたしたちが生きていける現実とは、はっきりと矛盾していることが分かります。そこでわたしたちは、「絶対に、いかなる場合でも」殺してはいけない、とこの戒(いまし)めを受けとめるのではなく、「無闇に」ということばをつけ加えて理解しようとします。

こうした理解をすることで、わたしが生きるために「殺すしかない」生きものに対して、人間は真摯に「殺すことを許して欲しい。決してあなたの生命は無駄にはしません。あなたの生命に心よりの感謝をします」といった気持を表わすため「(あなたの大切な生命を)いただきます」といって食事の前に唱え、食べ終ったら「(あなたの生命は、わたしにとって、かけがえのない)ごちそうさま」でした、といって自分の胸に刻みこもうとしてきたのだと説かれてきたのです。

「こすもす」378号(平成24年6月5日発行)より


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