平成25年・バックナンバー

平成25年5月
中山身語正宗と仏教の常識[3]


「現在他方仏(げんざいたほうぶつ)」を想定するようになった大乗仏教が更に新たな「仏身」を確信するようになって「密教」という教えが現われます。その密教は、インドで生まれ、中国を通って日本に伝来されました。この密教の日本伝来は、日本の真言密教の開祖「弘法大師空海」によって行われたのです。

学びの森

弘法大師・空海が大成させた「真言密教」という仏教観とは
弘法大師「空海」によって大成された真言密教は、多くの仏達の土台に新たな「法身仏(ほっしんぶつ)(法(ダルマ)と呼ばれる真理を身体とされる仏)」を見い出すことで、それまでになかった新しい仏教観を完成させました。その仏教観とは、それまでは人間によってただ発見されることを待つだけだった「法(真理)」があたかも「人格」をもったように、自らのために自ら説法される仏であられた、と確信されるようになった、ということです。
釈尊のように長い長い修行を重ねた結果、「法(真理)をさとって」仏となり、自らがさとった真理を人々に「わかり易いことば」で伝えるのではなく、「法(真理)」を自らの身体として、まるで「一つの人格」が自らの「さとり」をよろこび、そのよろこびを自ら味わい直すように「法(真理)」そのものを、ありのままに語られる。そんな新しい仏の発見は、仏身観を一新するに余りあるものがありました。

弘法大師「空海」は、自らが確信した「密教」という仏教観をそれ以前の仏教観(それを空海は、顕教(けんぎょう)と呼びます)と対比して見せてくれたのです。
その結果、密教を通して見た時の「仏身論」は、それ以前の仏身論とは一変してしまいます。
仏教には元々、「法(真理)」を発見し、それを自らが「体解(たいげ)・体得(これをさとるといいます)」した人を「仏(覚(さと)った者)」と呼んできました。そして、今まさに、その「さとり」を得ようと努力し、修行を続けている「求道者(ぐどうしゃ)(さとりを求める人)」を「菩薩」と呼んできました。
また、インドには仏教が開かれる以前から、インドの人々に崇(あが)められ祈られてきた「神々」が多数いました。そして、この神々は「天」あるいは「明王」と呼ばれていました。例えば「弁財天」「大黒天」などがそれです。こうした区別をはっきりしてきた仏教では、「仏」とは「法(真理)」を発見し、さとった方だけの呼称であったため「菩薩」や「明王」「天」は、仏と呼ばれることはなかったのです。

しかし、密教に基づく仏身論では「法(真理)」そのものを自らの身体とする「法身仏(大日如来)」は、わたしたちの肉眼では見ることのできない「太陽の光(大日如来の働き)」が「プリズム」というガラスや水滴を通すと七色の虹として、肉眼でもはっきり見ることができるようになる如く、わたしたち人間のためにみごとな善巧方便(ぜんぎょうほうべん)(たくみな手立て)を巡らして、わたしたちにその働きを見せてくださろうとして、実は「諸仏」「諸菩薩」「諸明王」「諸天」として顕現(けんげん)(現われ出てくださる)と確信するようになったのです。この結果、すべての仏、菩薩、明王、天は「大日如来」の化現(けげん)(仮りのお姿)とされ、それ故、すべて「仏」とお呼びしていい、といわれるようになったのです。

では、中山身語正宗の「教主(教え主)」たる「根本大悲の親」と、このみ仏がわたしたちの肉眼に見えるお姿を取る時「中山不動尊」として世に出(いず)るといわれたこの本宗のご本尊とは、こうした仏教の「仏身論」の中では、どのように説明されることになるのでしょうか。
中山身語正宗は、「仏教の大道(正しい信心の道)」をゆく信仰であるという意味を改めて確信するため次にお話することといたします。

「こすもす」375号(平成24年3月5日発行)より


学びの森・バックナンバーはこちら

サイトマップ ページトップへ

Copyright 中山身語正宗 All Rights Reserved.