平成25年・バックナンバー

平成25年4月
中山身語正宗と仏教の常識[2]


仏教の中核におられる「仏(ブッダ・仏陀)」とは何か。まずはここから考えていくことにいたしましょう。そして、中山身語正宗の信心において「信ヲ仏ニオクベシ」といわれる「仏」をどのように考えていったらいいのかを明らかにしていければと思っています。

学びの森

私たちが言う「仏様」とは?仏教の歴史に見る「仏様」の捉え方
「仏教」ということばは、
@仏(仏教の開祖・釈尊のこと)の説かれた教え
Aわたしたちが仏(さとりを開いて覚者(かくしゃ)となった人のこと)となるための教え
という二つの解釈が可能なことばである、と説明されます。ここにいわれていることは、「仏教を説いたお方はどなたか」ということと、「その教えが説かれた目的とは、何であったか」ということです。

仏教には、「開祖」がいます。今からおよそ2500年前、古代インド世界の釈迦族と呼ばれる小さな部族の「太子(たいし)」としてお生まれになったゴータマ・シッダールタがその人です。シッダールタ太子は、29歳の時に出家して修行者としての道を歩き始められました。そして6年後の35歳の時、「さとり」を開いて仏陀「釈尊(釈迦族出身の尊者)」と呼ばれる「覚者(さとりを開いたお方)」になられました。その後、悩み、苦しみ、迷う人々に対して「どのようにすれば覚者になれるのか」を教え示し、導くことを決意され、80歳でお亡くなりになるまでの45年間、出会い、正しい仏道修行の道を求める人々に教えを説き示し、導かれました。その結果、500人とも800人ともいわれる「さとり」とは何かを正しく理解できた修行者(この人々が阿羅漢(あらかん)と呼ばれる仏弟子たちです)を育てられました。そしてこの阿羅漢たちに、仏教を伝え、広めよと勧められたのです。その結果、仏教は広くインドの国内に伝えられ、更に国外へと広まっていったのです。

これが仏教の現実の歴史です。そして、この仏教の現実の歴史は、釈尊が亡くなってから今日までの2500年間に、阿羅漢と等しい人々は多数現れたものの、人間として生を享(う)け、仏陀にまで成られたお方は残念ながら一人もおられなかったとしているのです。
では今日、わたしたちが「仏様」とお呼びしている数多くの方々は、一体どういう方々なのでしょうか。
釈尊がお亡くなりになった後、仏教者たちは、「仏とは何か」と真剣に問い続けてきました。特に「仏のお身体とは、一体何なのか」が多くの関心を集める課題になっていったのです。そして、この課題は、「仏身論(ぶっしんろん)」として論じられていくことになります。
生きて「さとり」を開き、説法して下さっていた釈尊は、「生身仏(しょうじんぶつ)(生きた身体(からだ)を持っておられた仏)」です。しかし、真理と一体となられた時の釈尊のもう一つの面から見たその身体は、真理の中にこそ見い出すべきかもしれません。そして、この仏は「法身仏(ほっしんぶつ)(法(ダルマ)と呼ばれる真理と一体となった仏)」と呼ばれるべきです。この二つの仏(仏身)が釈尊を通して当時の仏教者によって確信された「仏の身体」だったのです。

しかし、大乗仏教と呼ばれる新しい仏教が興(おこ)ってきた頃、仏教者たちは、新たな「仏身論」を唱(とな)えるようになり、生きた仏は、わたしたちの住むこの世界とは異なる世界に数多く、「今」もおられると信じるようになっていきました。これらの仏たちは、「現在他方仏(げんざいたほうぶつ)」と呼ばれ、その代表的なみ仏として「阿弥陀如来」が多くの人々から信仰されるようになってきたのです。この新たな展開が今日の私達の仏陀観の基(もと)となっていきます。

「こすもす」374号(平成24年2月5日発行)より


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