平成24年・バックナンバー

平成24年10月
初めての方のための「身語正」入門[20]


仏教の開祖釈尊の最期のおことばの中にあった「怠らず努めよ」というおことばは、実は中山身語正宗の信心をさせていただくわたしたちにとって大変身近なことばであったことを、改めて学び直しておこうと思います。そして、身語正行者としての自覚を新たにしておきたいものです。

学びの森

「宗祖のご本願」を願い行じ続けてこそ真の菩薩に
中山身語正宗の信心をする者にとって、「宗祖のご本願」成就を願い続けることに、どの様な意味があるのかを、今一度味わい直しておきたいと思います。
「宗祖のご本願」とは、本宗「立教」の日、宗祖上人がみ仏より直々授かられた〈おじひ〉のおことばである「この度、根本大悲の親は頼む一念身語正と開くぞ、日本の国のすみずみから世界の国のはしばしに至るまで、ひらいて助けてゆくぞ」を宗祖上人が「わが願い」と受け取って行じられたことから、こう名付けられました。そして、この「宗祖のご本願」の目指すところは、「世界平和、万民の幸せ」づくりを目指そうとするわたしたちの願いでもあると確信されています。そして、この目標の実現には、わたしたち一人ひとりの実践、実行が欠かせないとされています。ですから、「宗祖のご本願」成就を願い続ける意味の中には釈尊の最期のおことばの中にあった
 「怠(おこた)らず努めよ」
という呼びかけに対する明確な応答が含まれているのです。

中山身語正宗の信心をさせていただくわたしたちには、「ここまでやればいい」といった所を求めてはならないというみ仏の戒(いまし)めをしっかりと受け止める強靱(きょうじん)さがあるのです。
宗祖ご在世当時、ある人が宗祖に「お行はどこまですればいいのか」と問うた時、宗祖は「死ぬまでですよ」と答えられたというエピソードが伝えられています。それは正(まさ)しく「怠らず努めよ」というみこころに他なりません。
中山身語正宗の信心をする人間には、「死ぬまでやり通す」強靱さが求められ、だからこそみ仏は、わたしたちが挫(くじ)けそうになる度に「落としはせんぞ、見捨てはせんぞ」と広大無辺の大加被力(だいかひりき)を巡らして、仏智不思議を目の前に授けて驚かされるのです。そして、「決して挫けるな、あきらめるな。この〈おじひ〉の親を信じて行じてくれ。願じてくれ」と力強く励ましていただくのです。

「宗祖のご本願」と名付けられる本宗の最高目標は、あまりにも大きく、あまりにも究極的であって、とても実現可能とは思えません。けれどみ仏は「信じて、行じてくれ」といわれます。そして、それを信じて行じていけるようになった時のわたしたちは、もう何も怖れる気持にはなりません。仏教では、こうした確信の基にひたすら行じる仏教の修行者の姿を「菩薩」と呼び、その菩薩の実践するその道を「菩薩道」と名付けてきたのです。
本宗の信心の「道しるべ」とされる『おさづけ』の最後には、
「身語正行者、真(まこと)の菩薩なり」
と明記されています。すなわち、中山身語正宗の信心をする人(身語正行者)は、「真の菩薩であれ」と願われているということです。

中山身語正宗の信心の道を、身語正行者、真の菩薩として歩み続ける人の上には、み仏の広大無辺の大加被力が及ばぬはずはありません。必ずみ仏のお力添えをいただくことができるのです。〈おじひ〉に包まれ〈おじひ〉に助けられ、〈おじひ〉に導かれて、人の人たる真の道を歩ませていただき、人として生まれてきた喜びを、しっかりと実感させていただけるのです。

「こすもす」357号(平成22年9月5日発行)より


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