平成24年・バックナンバー

平成24年4月
初めての方のための「身語正」入門[14]


昨年まで11年間、日本における自殺(自死)者数は、毎年3万人を越えていたことが明らかになりました。中山身語正宗では、人間は本来とても弱い存在だとしても、その人が自分の「いのち」を精一杯生きれることを確かなものにして下さるみ仏の導きのあることを、ぜひ知って欲しいと思います。

学びの森

本宗の人間観は、〈おじひ〉の親の支えを信じる弱いわたし
では、今回は「中山身語正宗の人間観」について改めて考えてみることにしましょう。
仏教は、自分の目の前にあるもの自分の周囲にある具体的な物、事を「あるがままに」見ようとします。ですから中山身語正宗では、「今、ここに、このようにしてあるわたしの〈いのち〉は、どうしてこのようにあるのか」という問いかけについて、〈いのち〉は常に生きたいのちであった両親(生みの親)から授けられるという「ありのまま」の事実を踏まえて考えようとしてきました。そして、その〈いのち〉のつながりが、今、ここに、このようにして生きてある「わたしの〈いのち〉」となっている時、その〈いのち〉のつながりには、決して断絶の無かったことを確信させていただきます。

現代の生命科学では、それは遺伝子の継承として理解されています。そして、このような現代の生命科学の理解は、遺伝子の継承は、常に新たな変化を伴うことも確信させてくれます。そして、その変化は一般的に「進化」ということばで理解されているのです。
人間は、全ての生命の中にあって実は「特異」な進化をした〈いのち〉である。これが、現代の生命科学を通しての人間観の基礎に置かれた考え方です。
宗祖覚恵上人は、この人間の〈いのち〉の特異さを、み仏の授けて下さる〈おじひ〉を通して
「真実ご法のおみのりを授かる」ことにあると確信されました。

そして、そうした目的を達成すべき人間が、実は「私程浅間しいものはも一人と外(ほか)にありません」と自覚される存在であり、同時に、わたしの〈いのち〉は、わたししか生きることができないこともしっかりと見極められ、自分の〈いのち〉を精一杯生きようとすることを大事にする人間であれと訴えられました。
わたしの〈いのち〉は、わたしにしか生きれないという確信を持った人間にとって「自死(自殺)」という概念は無縁です。
「絶対にあきらめてはいけない」「み仏は、どんな人にも必ず助かりの道があるといわれ、それを一人ひとりに教え示してやりたい、と願って下さっている」というのが、中山身語正宗の信心をする人に対するみ仏のメッセージです。

事実、わたしたちは、「せっぱつまった土壇場にいる時、頼む一念のまことをもって、み仏にすがって、すがって、すがりぬく時、必ず〈身(み)に正(まさ)しく如来の語(ことば)を授けていただける〉」と、この百年間確信すると同時に、それが嘘、偽りではなかったことを体験させていただいてきました。だからこそ、「私程浅間しいものはも一人と外にありません」といい切れるのであり、そういい切れた時、初めて「そんなわたしを〈助けずにはおかん。決して見捨てはせん〉といって下さる〈おじひ〉の親を真の親といただかせていただく歓びを、ひしひしと実感させていただくのです」。中山身語正宗の人間観とは、一人ひとりのわたしたちは、実に弱く愚かな存在ではあるが、〈おじひ〉の親を真の親といただくことで、自分を信じ、自分を依(よ)り拠(どころ)として生き生きと生きれる存在になれると教えていただくのです。

こすもす 350号より


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