平成23年・バックナンバー

平成23年6月
初めての方のための「身語正」入門[4]


中山身語正宗の信心の「いのち」といわれる〈おじひ〉の体験は、中山身語正宗の立教以来100年になんなんとする今日に至るまで、なぜこのように確かな継承が可能だったのでしょうか。それは、〈おじひ〉がみ仏によって、かくも平等に授けられるものであったところに要因があります。                学びの森

み仏から全ての人に平等に授けられている〈おじひ〉
中山身語正宗の「信心(宗教的実践)」が、宗祖上人の授かってこられた宗教体験をベースにしたものであったことは、これまでの説明で大体おわかりいただけたものと考えます。
宗祖上人は、最初はこうした体験が「自分の身の上にだけ起こってきているもの」と考えておられたようですが、徐々に「そうではない。全ての人に起こるものなのだ」という確信をもたれるようになり、それが大正元(1912)年2月18日の「立教」へとつながっていくことになります。ですから、中山身語正宗では、さまざまな宗教体験(これをまとめて〈おじひ〉体験といいます)は、特殊な能力のたまものであるとか、特別なお行を通してしか得られないものである、といった風には考えないのです。〈おじひ〉は、み仏から全ての人に平等に授けられている。要は、それをわたしたち一人ひとりがどのように「受け止めきっていくか」が最も肝心なところなのだと確信させていただくのです。

宗祖上人は、この点に関して、
「あなたが早く〈おじひ〉をいただきたかったならば、三歳児(みつご)になりなさい、赤子になりなさい。伊達(だて)を捨てなさい、飾りを捨てなさい。あなたが、『南無阿弥陀仏』が好きならば『南無阿弥陀仏』で一生懸命縋(すが)りなさい。『南無妙法蓮華経』が好きならば、『南無妙法蓮華経』で一生懸命縋りなさい。『南無大師遍照金剛』が好きならば、『南無大師遍照金剛』で結構です。『たかまがはら』が好きならば、『たかまがはら』で結構です。
授け下さる親の〈おじひ〉のおみのりは、今も昔もかわりはなく、なに宗、かに宗の、隔(へだ)てもなければ差別もなし。要は、願うあなたの胸次第ですよ」
といわれています。

この宗祖上人のおことばで最も肝心なところは、「要は、願うあなたの胸次第ですよ」というところにあります。では、その胸次第の「胸」とは何でしょうか。それは、このおことばの中に「三歳児になりなさい、赤子になりなさい。伊達を捨てなさい、飾りを捨てなさい」といわれている「胸」であり、そうした胸になりきれた時のその人は、『南無阿弥陀仏』が好きならば(すなわち、南無阿弥陀仏ということばをお唱えしたら、実に素直に縋っていけるというならば)『南無阿弥陀仏』で縋れる胸ということです。この素直な胸と、そういう胸があるから好きな名号(みょうごう)をもって実際にしっかりと縋りきっていける行動が伴うことによって、〈おじひ〉を受け止めることができるといわれるのです。
宗祖上人は、ご自身「物心つく頃」からそれを体験し、実践し、本当に〈おじひ〉を授かってこられました。

そして後日、ご自身の周りに集まる直弟子(じきでし)たちにこのように教え諭(さと)し、このおことば通りの「胸」づくりを為(な)し終え、素直にみ仏に縋りきった方々が、しっかりと〈おじひ〉を受け止めていかれる姿を現実に確認していかれたのです。それ故(ゆえ)に、宗祖上人がみ仏から直々(じきじき)に授かってこられた「身語正」という仏教の信心(法門)は、宗祖上人から最初の親仏たちによって体験され、その体験はまた次の親仏たちにも体験されるものとなっていけたのです。

こすもす 336号より


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