平成23年・バックナンバー

平成23年4月
初めての方のための「身語正」入門[2]


中山身語正宗の信仰は、宗祖覚恵上人が物心つく頃から「み仏」より直々に授けられたものです。わたしたちがみ仏から授けていただくものを、本宗では〈おじひ〉といっています。宗祖上人は、この〈おじひ〉を授かり、〈おじひ〉のままに生きられることで、実は「宗祖」となられました。

                   

学びの森

「身語正は、立教当初から身語正であった」
宗祖覚恵上人の父・木原要吉は、木綿の糸を紺色に染めて織物の糸にする「紺屋(こんや)」という仕事をしていました。また、節句の「昇り旗(幟(のぼり))」の絵なども器用に描いたといいます。こうした生業(なりわい)の他に、地元「基山」一帯で「内信心(ないしんじん)」と呼ばれる信心の世界で「お客人(きゃくじん)」と称せられる指導的立場に立てられる程の熱心な信仰者でもありました。そのため幼い宗祖上人の周辺には、濃厚な信心の雰囲気が漂っていたことが十分に推察されます。

宗祖上人は、物心つく頃から〈おじひ〉を授かっていました。それは宗祖ご自身が語られた数々のエピソードを通して今日に伝えられています。では、宗祖上人が〈おじひ〉を授かるようになったことと、宗祖の周辺にあった濃厚な信心の雰囲気との間には、何らかの関係があったのでしょうか。地元の歴史を研究する人々の眼には、「明らかに関係があった」と確信されているのが大勢です。ところが、宗祖上人によって開かれた「中山身語正宗」の信心をさせていただくわたしたちには、どうも「そのよう」には見えてきません。その最も大きな理由は、宗祖上人にとって、ご自身が「宗祖」となってこの世に持ち出すことになった「身語正」という仏教の信心は、明らかにご自身に直々に語りかけてこられる「み仏」から授かって開かれたもの、という外はなかったからです。本宗では、宗祖上人のこの確信を、「身語正は、立教当初から身語正であった」といっています。そこで、この論考では、この立場に立って話をすすめてまいりますので、この点をしっかりと確認しておいて下さい。

では、「身語正」という仏教の信心を宗祖上人に託してこの世に持ち出させようとされた「み仏(身語正教主(きょうしゅ)〈根本大悲(こんぽんだいひ)の親〉、すなわち中山身語正宗のご本尊・中山不動尊)」は、宗祖上人にそれをどの様に伝えていかれたのでしょうか。
幼年期の宗祖上人にとって、最も印象深い宗教体験の一つが、自分の身体の上に起こる異常な状態(例えば食事中に茶碗を持つ手、箸を持つ手が突然動かなくなる)に陥(おちい)った時、自分の耳元に「なむあみだぶつ、なむあみだぶつと三度唱えよ」という声が聞こえてきます。そこで、その声の通りにすると、その異常がまたたく間に消え失せてしまったという体験です。宗祖上人にとって、なぜそんな異常が自分の身体の上に起こるのか。自分の耳元に語りかけられたのは誰なのか。その声の通りにするとどうして身体の上の異常が即座に消え失せるのか。何一つ満足に答えることなどできません。ただ、こうした出来事が一度ならず、再三自分の身体の上に起こり、その都度自分に語りかける声の通りにすれば、あっという間にその異常が解決することを確信するばかりだったのです。

この様にして、幼い宗祖上人は時ならぬ時に、「なむあみだぶつ」と口走る、周りの者にとっては理解不能の行為をする「変わった子供」にしか見えなかったのです。
その内、幼い宗祖の口からは、「なむあみだぶつ」以外にも周りの人にとっては「虚言」としか思えないようなことばが突然出はじめるのを見て、「野狐(やこ)つき」などと非難される状況が生まれてきたのです。

こすもす 334号より


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