平成22年・バックナンバー

平成22年9月
「身語正教学」講義[26]


テキスト『身語正教学』は、宗祖覚恵上人が身語正教主「根本大悲の親(すなわちご本尊中山不動尊)」から直々授かられた「み教え」と「ご信心」がどのようなものであったかを、体系的に明らかにしようとするものです。テキストを傍(かたわら)に、共々学びましょう。 学びの森

第五条に示される、「身語正行者、真の菩薩なり」という生き方
『おさづけ』の第五条は、第一条から第四条までに示されてきた中山身語正宗の信心をさせていただくわたしたち自身が、どのような信仰生活を実現すべきか。その実現すべき信仰生活がどのようなものであるべきかを明らかにして下さる条です。
まず、中山身語正宗の「信心」は「身業(しんごう)(身体で行うべき行い)」であるみ仏のみ前で姿勢を正し、至心に合掌して、祈り行ずるわたしたちの形を整え、「口業(くごう)(ことばとして行う行い)」である読経や唱名念仏をし、「意業(いごう)(意(こころ)で行う行い)」としてのみ仏への心底からの帰依(きえ)という三つが揃うことの大切さが明らかにされます。

次に、中山身語正宗の信心の根幹をなす「お行」については、ただただ「形の行」といわれるお瀧の行やお百度の行、おすがりの行だけを「お行」と考えず、み仏から〈おじひ〉を通して授かったものは、それが日常的な「仕事」であっても、あるいは日常生活の一つひとつの行いであっても、これを「み仏から授けていただいた身語正の信心の実践者(すなわち菩薩とよんでいただけるわたしたち自身)のなすべき、「菩薩の浄行なり」と受けとって、実践していくことが大事と示していただきます。
その上で、中山身語正宗の信心をさせていただくわたしたちは、自分の周りにある「一事一物に対しても報恩感謝の念」をもって、その一事一物に対して接することができなくてはならないとされるのです。

自分の周りにある「一事一物に対しても報恩感謝の念をもつ」ということは、どういうことでしょうか。まず、わたしたちは、誰しも父母を中心とした「家族」の一員としてこの世に生を享(う)けます。こうして授かった「家族」の一員になれたことを全ての「家族の構成員」たる方々に感謝できるようにならなければならない、ということです。そして、次には、この家族の連綿たる「いのち」をつなぐ上で、かけがえのない存在であったわたしの「いのち」につらなる「ご先祖様」方に心底から感謝できる自分になれといわれるのです。こうして、縦につながる「いのち」に感謝できるようになったら、わたしの「いのち」が生きていけるために、陰に陽なたにわたしを支えて下さる横のつながりである「家族」から友人、地縁につらなる方々、そして全ての人々や一切の「もの」たちにまで、その感謝の気持ちが拡げられるようになれ、と教えられます。

感謝の心が出来たら、感謝すべき人や物に「報恩(恩をもって報いるという意味。すなわち、わたしが今度はその方々や物に対してしてあげられることを心底からしていくこと)」の行いを実行せよといわれるのです。その上で、すべての人間は、完全な存在ではないのだから、自分をより完全な人格へと成長させるべく努力を怠ってはいけない、といわれます。
わたしたちが「一事一物に対しても報恩感謝の念をもち」「精進努力する」ことを怠らない毎日が送れるようになった時、身語正教主「根本大悲の親(ご本尊中山不動尊)」はそんなわたしたちを「身語正行者」「真の菩薩なり」と呼んで下さるのだと、『おさづけ』第五条には示していただくのです。

こすもす 322号より


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