平成22年・バックナンバー

平成22年7月
「身語正教学」講義[24]


テキスト『身語正教学』は、宗祖覚恵上人が身語正教主「根本大悲の親(すなわちご本尊中山不動尊)」から直々授かられた「み教え」と「ご信心」がどのようなものであったかを、体系的に明らかにしようとするものです。テキストを傍(かたわら)に、共々学びましょう。 学びの森

仏教徒の基本とされる「十善戒」や「七仏通誡偈」を、私たちの良き習慣に
『おさづけ』の第一条では、「ご成就」を通してみ仏から結んでいただく「現当二世(げんとうにせ)のご縁結び」とみ仏への絶対の信を確立することの大切さが説かれていました。このみ仏との深い深いご縁結びがあって、実は第二条に説かれる「親仏」とわたしたち(子仏)との絆の大切さ、親仏がして下さるみ仏の「お手伝」のありがたさが説かれました。
では、『おさづけ』の第三条以降には、何が説かれているのでしょうか。
既にみ仏から「現当二世のご縁結び」をしていただき、み仏がこのわたしに授けて下さっている〈おじひ〉を正しくこのわたしに伝え直し、〈おじひ〉のままに行じれるようにお手伝いをして下さる「親仏」とご縁をいただいたわたしは、改めて仏教の信心が求める「自分を成長させる」努力を始めねばなりません。

仏教では、「自分を成長させる」努力は、み仏のみこころに叶った自分となるため、み仏とお約束させていただく「戒(仏教の実践者としてふさわしい良き習慣を身につけるために守るべきルール)」を実践していかねばなりません(『おさづけ』第三条)。また、わたしたちは、身語正という仏教の信心(法門)を通して、日々の「信仰生活」も送っていく訳ですから、身語正という仏教の信心(法門)における「正しい信心」を実践していく上で最も大切な心構えとは何かも学んでおかなくてはなりません(『おさづけ』第四条)。すなわち、身語正という信心をする者としてのわたしが、しっかりと身につけておかなくてはならないものとは何かを正しく理解し、実践していかねばならないのです。

では、中山身語正宗の信心において、わたしたちが身につけておくべき「戒(良き習慣)」とは、一体何でしょうか。『おさづけ』の第三条では、それを「十善戒」と「七仏通誡偈(しちぶつつうかいげ)」だといいます。
「十善戒」とは、不殺生(ふせっしょう)・不偸盗(ふちゅうとう)・不邪婬(ふじゃいん)・不妄語(ふもうご)・不綺語(ふきご)・不悪口(ふあく)・不両舌(ふりょうぜつ)・不堅貧(ふけんどん)・不瞋恚(ふしんに)・不邪見(ふじゃけん)の十項目です。
また、「七仏通誡偈」とは、「諸悪莫作(しょあくまくさ)(諸々の悪を作(な)さず)、衆善奉行(しゅぜんぶぎょう)(衆々(もろもろ)の善を奉行(じっせん)し)、自浄其意(じじょうごい)(自らその意(こころ)を浄(きよ)める)、是諸仏教(ぜしょぶっきょう)(是(こ)れ諸仏の教えなり)」ということばを指します。

「七仏通誡偈」とは、この世で仏となられたお方(この方々のことを過去仏といい、釈尊も含め既に七人おられたとされます)が共通して説かれた教え(戒め)である、という意味です。
中山身語正宗の信心においては、大乗仏教徒にとって最も中核に据えられる「十善戒」と、全仏教徒にとって最も基本とされる「七仏通誡偈」とをもって、わたしたちの「戒」として授けていただいています。
よく、日本の仏教には「戒」が無いといわれたりしますが、決してそうではありません。いかなる宗教(信仰)においても、神仏と人間との間で交わされた約束事のない宗教などありません。わたしたちには、み仏から授けられている「守るべき約束事」があり、それをしっかりと「守ります」という誓いがわたしたちにあるからこそ、一つの信仰は正しく実践できるのです。

こすもす 317号より


学びの森・バックナンバーはこちら

サイトマップ ページトップへ

Copyright 中山身語正宗 All Rights Reserved.