平成21年・バックナンバー

平成21年9月
「身語正教学」講義[14]


テキスト『身語正教学』は、宗祖覚恵上人が身語正教主「根本大悲の親(すなわちご本尊中山不動尊)」から直々授かられた「み教え」と「ご信心」がどのようなものであったかを、体系的に明らかにしようとするものです。テキストを傍(かたわら)に、共々学びましょう。 学びの森

仏教的ものの見方・考え方を学ぶために必要な「心」とは
人間にとって「生きる」ということは、わたしというこの「からだ」の中にかけがえのない「いのち」を一つ授かっているということです。そして、わたしの「からだ」の中にあるこの「いのち」は、わたしという「からだ」だけが生きることのできる「いのち」なのだということです。そして、わたしという「からだ」がわたしの中にある「いのち」をどう生きようか考える時、その主体となって働いてくれるものこそ、わたしの「こころ(ものの見方、考え方)」だったのです。
ですから、わたしたちが自分の「いのち」を本当に真剣に、一生懸命に生きようと思うならば、わたしの「こころ」をしっかりしたものに育て上げていかねばなりません。

では、わたしたちが「こころ」をしっかりしたものに育て上げるためには、どのようにしていかねばならないのでしょうか。
中山身語正宗という信心(法門)は、仏教の大道に則(そく)したものなのですから、「仏教的なものの見方、考え方」を学ぶことが最も肝心(かんじん)です。
仏教的なものの見方、考え方の基本にあるものは、「あるがまま」を「あるがままに」見ることです。
ところが、これが実際には中々難しいものです。何の偏見(へんけん)も、先入観も持たずに「あるがままをあるがままに」見る。実際には、ほとんどの人がそれをうまく行うことができません。〈おれが、われが〉と自己中心的になって、伊達(だて)や飾りにとらわれてしまうのがわたしたちの常だからです。
大阪で育ったわたしが九州の大本山に勤めさせていただくようになった一年後の冬、久し振りに大阪に行く機会があって高校時代の友人と再会しました。その日はとても寒い日で、粉雪がチラチラ降っていました。その時、友人が
「お前は、暖かな九州に住んでいていいな」
と突然いうのです。わたしが、
「とんでもない、大阪では滅多に雪など積もらないが、今いる基山では、一冬に数回10センチ以上の雪が積もるので大変だ」
と答えると、その友人は意外なことを聞いたという表情になって、
「なぜ、大阪より南にある九州が大阪より寒いのか」
と問うのです。その時、わたしは改めて、こう気付きました。

大阪は、北からの寒気も北側の山脈等にさえぎられ、雪は山脈の北側で降ってしまって、滅多(めった)に大阪にまで持ち込まれない。ところが基山は寒気がまともに雪を運んでこれる地形になっている。にもかかわらず大阪に住んでいた頃のわたしも、この友人と同じで「九州は大阪より南にあるはずだから、大阪よりも暖かいはず」と思い込んでいた。だから、こんな会話になってしまうのだ、と。
ほんのささいな経験ですが、こんなことから「ありのままをありのままに」見る難しさを、改めて痛感させていただいたことがありました。 仏教的ものの見方、考え方を学ぶためには、わたしたちが普段「当たり前」と思い込んでいる、いわゆる常識で素直に見てしまうことを、「本当だろうか」と改めて疑(うたが)える「こころ」が必要なのではないのかと考えさせていただいています。

こすもす 304号より


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