平成21年・バックナンバー

平成21年2月
「身語正教学」講義[7]


テキスト『身語正教学』は、宗祖覚恵上人が身語正教主「根本大悲の親(すなわちご本尊中山不動尊)」から直々授かられた「み教え」と「ご信心」がどのようなものであったかを、体系的に明らかにしようとするものです。テキストを傍(かたわら)に、共々学びましょう。 学びの森

「世の人々を喜ばせる」最も基本的な実践「感謝運動」
今回は、「世の人々を喜ばせる」とはどういうことかについて考えていくことにいたします。
ここでいう「世の人々」とは、今共(とも)にこの地球上に生きている「同時代」の人々のことです。
仏教の最も基本的な「ものの見方、考え方」である「縁起説」によると「同時代に生きる全ての人」だけではなく「全てのもの」とわたしとの関係は「相互依存(お互いがお互いに依ることで存在している)」関係にあるといいます。ことばを換えていうと、わたしと全てのものとは密接につながり合っているということです。そして、その中にあって個々の関係によって、たとえばわたしは「妻に対しては夫」「両親に対しては長男」「子供たちに対しては父」「上司に対しては部下」「店の店員に対しては客」といったように、さまざまな立場に対応した呼ばれ方をいたします。そのため、「世の人々を喜ばせる」とは、どういうことかを考えていく場合、自分の立場をどのように捉(とら)えるかによって、具体的な事柄にさまざまな違いが出てくることになります。

『おさづけ』の第三条では、夫婦という関係においては「よく和合し」兄姉弟妹という兄弟の関係では「仲睦まじく」、そしてそういう関係を築く上で「不平不満の念を心の奥底に持ったままでは駄目だ」と説かれます。こうして『おさづけ』第三条では、世間一般にいわれる「夫婦は他人の始まり(すなわち夫婦のつながりは、世の人々とわたしとのつながりの最も身近かなものと考えていきなさい)」というところから説かれていたことが理解されます。
では、「他人」とみなされているいわゆる一般的な「世の人々」を喜ばせるために、わたしたちは何をしていけばいいのでしょうか。
一般的、抽象的にいうなら、「周りの人々に親切に、公平に、自分の出来ることを精一杯させていただくこと」という風にいえるかもしれません。でもそれではあまりにも抽象的すぎます。
そこで本宗では、「感謝運動」の実践者となって、お行を通してそれを行うことが「最も基本的な実践の一つになる」と確信させていただくのです。

「感謝運動」は、仏教の最も基本的な「ものの見方、考え方」である「縁起説」の相互依存という考え方を改めて自分の心の中に刻み直させていただくことによって、「わたしは、天地万物から許されて、生かされて、生きている身である」と実感させていただくのです。そして、そのように「生かされているわたし」は、その「いのち」を自分のためにだけ生きるのではなく、ほんの少しでも「他の人々(世の人々)に喜んでいただける自分」となるため、毎週一回、日曜日の朝食を断食して、これを浄財に替えてみ仏のみ前にお供えさせていただき、「どうぞこの一食のまことを必要とされる方々のためにお役立て下さい」と祈らせていただくのです。
こうした祈りと断食を通してのおまこととを「み仏のみ掌(て)」を通して生きたものにしていただく。そしてそこから感じ、学ばせていただくことから、「世の人々に喜んでいただく」ことをわが身に修得するのです。

こすもす 295号より


学びの森・バックナンバーはこちら

サイトマップ ページトップへ

Copyright 中山身語正宗 All Rights Reserved.