平成20年・バックナンバー

平成20年8月
「身語正教学」講義[1]


テキスト『身語正教学』は、宗祖覚恵上人が身語正教主「根本大悲の親(すなわちご本尊中山不動尊)」から直々授かられた「み教え」と「ご信心」がどのようなものであったかを、体系的に明らかにしようとするものです。テキストを傍(かたわら)に、共々学びましょう。 学びの森
「ご成就」の儀礼が行われるご宝蔵堂

本宗にご縁を結ぶということ。「ご成就」を授かるということ
宗祖覚恵上人が持ち出された「身語正」という仏教の信心は、み仏(身語正教主「根本大悲の親・すなわちご本尊中山不動尊」)が直々に宗祖上人に託されたものです。
では、「身語正」という仏教の信心は、どのような信心なのでしょうか。それを端的に伝えて下さるおことばが「宗祖のみ教え」として次のように伝えられています。
「ただ食べて、寝て、泣いて、笑うてこの世を発(た)って行くだけならば、他の生き物と変わるところはない。人間として生まれてきた所詮(目的)は、〈真実ご法のおみのりを授かる〉ことにあり」(『身語正教学』P3)と。

実にみ仏は、「身語正」という信心がどういうものかを説き明かすために、「人間が生きるということはどういうことか」という所から説き明かしておられるのです。
すなわち、人間は他の生き物とは違って、ただ「授った〈いのち〉を生きながらえる」ことだけを目的に生きるのではない。「生きる目的とは」「生きがいとは」「生きるということの本当の意味とは」何かを探し求め、それを自分のこととして実現せんとして生きるのだ。そして仏教の信心を通してそれを探し求め、実現せんとするわたしたちは、必ず「真実ご法のおみのりを授かる」ことを最も大切な目的とせねばならないのだ、といわれるのです。 その結果、ご在世中の宗祖上人は本宗の入信儀礼である「ご成就」のお手伝いをされる中で、
「私共が前世において、苦海の中に、浮きつ、沈みつして、塗炭(とたん)の苦しみの時、大悲の親が、お慈悲の御手をさし出され“忍土(にんど)の国には、大恩教主釈迦牟尼如来世に出(い)で給(たま)い、八万四千の法門を持ち出し給う。こんど忍土の国に生をうけさせるからには、決してこの御法(おみのり)をいただきそこのうじゃないぞ”と堅く申しつかり“忍土の国に生をうけさせていただきます上は、決していただきそこなうことはいたしません”と堅い約束のもとに因縁結ばれて、人間として現在に生まれ出たのだ」(『めぐみ』第7号の身語正第二世覚照猊下のご親教)という〈おじひ〉を授かられていたといわれるのです。
ですから、「身語正」という仏教の信心にご縁を結ばせていただくわたしたちは、「今生(この人生)」において、必ず「ご成就」というご縁結びをみ仏からしていただいて、「真実ご法のおみのりを授かる」ために正しくお導きいただき、授かるままに至心の行願を積ませていただかなければならないのです。これが、本宗の入信儀礼である「ご成就」を授かっておかねばならない本当の理由だったのです。

中山身語正宗にご縁を結ばせていただくということは、身語正教主「根本大悲の親・すなわちご本尊中山不動尊」がお手回しして下さっている、こうしたご縁の道筋を一歩一歩とみ仏の〈おじひ〉のままに進ませていただくことだったのです。その上で、わたしたちは、み仏からこころを授けていただき、自分自身を「み仏のように」成長させていくことを願い続けていこうとしているのです。
では、わたしたちが「真実ご法のおみのりを授かる」ための道を歩くため更なる研鑽に励むことにします。

こすもす 289号より


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