平成19年・バックナンバー

平成19年12月
講座「身語正教学」[5]

 「身語正教学」は、身語正教主「根本大悲の親」によって持ち出された体系的な教えです。それは「立教の日の〈おじひ〉」のおことばの中に全てが託されており、そこにあったものを正しく学び取ることで了解されます。本宗では、この「立教の日の〈おじひ〉」を大きく「立教宣言」と「布教宣言」に分けて考えています。 学びの森


本宗の「立教宣言」と「布教宣言」、そこに託された意味とは
 身語正教主「根本大悲の親」が大正元年2月18日、宗祖覚恵上人に託された「立教の日の〈おじひ〉」のおことばは、
 「この度根本大悲の親は、頼む一念身語正と開くぞ。日本の国のすみずみから世界の国のはしばしに至るまで、ひらいて助けてゆくぞ」
というおことばと、
 「そうではないのだ。釈迦にもおくれ、弘法大師に又おくれ、法然(ほうねん)親鸞(しんらん)にも又おくれ、(中略)。故に我現世利益をもって本願となし中山不動と世に出(い)ずるぞ」
というおことばとの二つから成っています。そして、最初のおことばの前半部分、すなわち、
 「この度根本大悲の親は、頼む一念身語正と開くぞ」
を「立教宣言」と名付け、後半部分の、
 「日本の国のすみずみから世界の国のはしばしに至るまで、ひらいて助けてゆくぞ」
を「布教宣言」と名付けています。
そして、もう一つのおことばは、実は「立教宣言」の内容をより詳しく説き開かれたものだと理解されています。

 では「立教宣言」というのは、どういう意味なのでしょうか。
 身語正教主「根本大悲の親」が宗祖上人に託して持ち出そうとされた「身語正」というみ教え、信心は、仏教の新しい法門として持ち出されました。すなわち「釈迦におくれ、弘法大師に又おくれ、法然親鸞に又おくれ」、いわゆる生まれおくれた「わたしたち」のために、新たに身語正教主「根本大悲の親」が持ち出して下さったみ教え、信心であったということです。そこで「身語正」というみ教え、信心がいかなるものかを新たに「立ち上げ」ていかねばなりません。このように新しく教えを立ち上げるためのみ仏のおことばこそ、これだということで、このおことばを「立教宣言」と名付けたのです。
 これに対して「日本の国のすみずみから……」という後半部分は、こうして立ち上げられた「身語正」というみ教え、信心を広く世の人々にお伝えし、その信心を実践していくことを表すおことばであることから、これを「布教宣言」と名付けたのです。

 そして本宗では「身語正」というみ教え、信心は、宗祖上人のご出世の日からみ仏によってその準備は始められ、着実に宗祖上人ご自身にその意図が理解してもらえるように段階を踏んで、遂に大正元年2月18日に「立教宣言」として完了したのだと理解されています。これに対して「布教宣言」は、こうして立教された「身語正」というみ教え、信心が全世界の人々によって周知されるようになり、この信心に帰依する人々によって至心に行じられて、それぞれの人々がその「おみのり」をしっかりといただきあげられるようになることを布教、教化(きょうげ)の目標としていくことが「宣言」されたおことばだと理解させていただくのです。
 この意味でいうと「立教宣言」は既に一つの体系として正しく理解されねばならず「布教宣言」は常に具体的な目標としてとらえられていなくてはならないのです。

こすもす 269号より


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