平成19年・バックナンバー

平成19年9月
講座「身語正教学」[2]

中山身語正宗は、身語正教主「根本大悲の親」というみ仏が宗祖覚恵上人に託して立教(大正元年2月18日)された「身語正」という仏教の信心に基づく宗団です。そして、こうした形での持ち出しは、仏教2500年の歴史において初めてのことであったため「身語正」は仏教の新しい法門でもあると本宗では考えています。 学びの森


「仏教」の大道をゆく、仏教の新しい法門「身語正」
中山身語正宗の信心は、
@〈おじひ〉のままに行ずる信心
A『おさづけ』を道標(みちしるべ)として実践していく信心
B仏教の大道をゆく信心
であると確信されています。

 この中で、B仏教の大道をゆく信心であるという意味は、次の様に説明することができます。
 仏教は、今からおよそ2500年前古代インド世界に生を享(う)けられたゴータマ・シッダールタ(釈尊)によって説き開かれた信心です。
 ゴータマ・シッダールタは、小さいながらも恵まれたシャカ族と呼ばれる部族の王子として何不自由なく育てられました。しかるに、生後間もなく生母マーヤ夫人が亡くなったこともあって「人はなぜ死ぬのか」あるいは「人として生きるということはどういうことなのか」といった極めて哲学的な問いかけを幼い頃よりする傾向の強い若者だったといわれます。そして、その追求を徹底して行いたいとの思いが日に日に強まり、29歳の時全てを捨てて求法者(ぐほうしゃ)(真理を求める修行者。インドでは沙門(シュラマナ)と呼ばれた)となられました。
 苦節6年、死の直前にまで至るような修行の果てに、35歳の時、遂に「さとり」を開いて、自らが「ブッダ(覚者(かくしゃ))」となったという自覚を得られたと伝えられています。
 ブッダとなられたゴータマ・シッダールタは、それ以降「釈尊(シャカ族出身の尊者)」と呼ばれることになります。

 では、釈尊が「さとり」を通して得られたものとは何だったのでしょうか。それは「仏教的な正しいものの見方、考え方」であり、それはまた「智慧(ちえ)」とも呼ばれます。正しい智慧を得られた人「釈尊」は、その智慧があるが故に、もう何事に対しても迷い、悩むといったことがなくなったため「真の心の平安(これを安心といいます)」を保たれ、真の幸せを享受(きょうじゅ)されたのです。
 また釈尊は、ご自身が得られたこの心の平安を「求めてくる」すべての人に伝えるため「いかにすれば〈さとり〉を開き、真の智慧が得られるか」。そして真の智慧を得た者は、自分と他のすべての人々に対して「何をすべきか」を身を以(もっ)て示していかれたのです。こうして、さまざまな人々に「いかに生きるべきか」を説き示して限りない善巧方便(ぜんぎょうほうべん)を巡らされたのが、釈尊の「さとり」を開かれて以降、その死の日に至るまでの45年間の日々だったのです。

 では、その45年間に釈尊の示してこられたものは何だったのでしょうか。それは、仏教的な正しい智慧を得られたお方なら必ず実践していかれる「慈(他の人々に限りないよろこびを与えるための行い)の実践」であり「悲(他の人々の悩み苦しみに対して深い共感を示して、その苦悩を癒すための働きかけを行う行い)の実践」だったのです。
 「慈」「悲」の実践は、実は人間ならば誰もが天性として持っていたものです。そこで「身語正」という仏教の信心では、この「慈」「悲」の実践を第一とする行願を通して、仏教の真に目指すべき智慧の獲得をしていこうとする新しい信心の道を説いていただいたのです。

こすもす 266号より


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