学びの森バックナンバー
平成19年・バックナンバー

平成19年1月
あなたが、あなたの「いのち」を生きること [6]

 あなたが、あなたの〈いのち〉を生きる上で、「身語正」という仏教の信心(法門)を依り拠としていこうとするなら、本宗の信心の要にある〈おじひ〉や体験、実践ということばについて、今一度かみしめ直していただくことが大切だと思っています。


 本宗の信心が「〈おじひ〉の宗教である」といわれる意味
 中山身語正宗の信心は、「〈おじひ〉の宗教」「お行の宗教」「実践の宗教」と呼ばれてきました。
 こうした呼称は、「身語正」という仏教の信心(法門)である中山身語正宗の信心を依り拠として、「あなたが、あなたの〈いのち〉を生きる」とはどういうことかを考えようとしている今、決して忘れてならないことでもあります。
 わたしたちは今まで、「人間は、自分の〈いのち〉の生き方を自分の知恵や能力で完全に知り、実践できるものではない」と考えるのだとしてきました。その結果、実は「あなたが、あなたの〈いのち〉を一番充実したものとして生きる生き方とは何か」を最もよくご存知なのは、み仏であると確信する。これがわたしたち信心の原点にあるものだと考えてきたのです。そして、み仏からそれを一人ひとりの人間が授けてもらうために必要なものが〈おじひ〉なのだといってきたのです。

   これが、中山身語正宗の信心は、「〈おじひ〉の宗教である」という意味でもあります。
 〈おじひ〉とは、実に不思議なものです。それは、仏様に属するものであって、人間であるわたしたちに属するものではありません。そのため、その正体を人間の知恵で解析(かいせき)することはできないのです。
 み仏より直々に持ち出していただいた「身語正」という仏教の信心では、〈おじひ〉はただただ授かったままを味わい、授かったままに行ずべきものであって、〈おじひ〉を授かるためにいかに行ずべきかを明らかにしていただいた信心の道なのです。ですから、「身語正」という仏教の信心は、「体験の宗教」とも「実践の宗教」ともいわれるのです。
 ですから、この信心の道を「あなたが、あなたの〈いのち〉を生きるため」に活かしていこうとするなら〈おじひ〉の何たるかを体験させていただき、〈おじひ〉のままに行じる経験を正しく積んでいかねばなりません。

   本宗では、こうした経験を正しく実践していくために、「親仏・子仏の関係」と「ご法の正しい継承」の大切さを訴えてきたのです。
 ただ「見えた、聞こえた」だけを問題にしてはならない。「み仏からこころを授かることが大事」といわれるのは、このためです。では、み仏から授かる「こころ」とは、何だったのでしょうか。本シリーズでは、一貫してそれは「仏教的な正しいものの見方、考え方」だとお話してまいりました。

   「身語正」という仏教の信心において〈おじひ〉の体験、〈おじひ〉のままの実践を通してわたしたちが体解・体得させていただくべきものは「驚覚(きょうがく)の信(しん)」であるといわれています。驚覚の信とは、仏智の大功徳を目の前に授けていただいて、そのあまりの不思議さを体験して驚き、改めてみ仏の「存在」とみ仏のお手廻し、そしてそこからわたくしたち自身が「気づくべきもの」としてのみ仏への絶対の「信」を確立することの大切さが説かれます。
 「身語正」という仏教の信心における「あなたの〈いのち〉の生き方」は、み仏のみこころに沿ったものに仕上げさせていただくべきなのです。

こすもす 282号より


学びの森・バックナンバーはこちら

サイトマップ ページトップへ

Copyright 中山身語正宗 All Rights Reserved.