学びの森
平成18年・バックナンバー

平成18年8月
あなたが、あなたの「いのち」を生きること [1]

 すべての生き物の「いのち」は、現在「与えられたいのち」として、その「いのち」を持つものにしか生きることはできません。
 では、あなたは一体、あなたの「いのち」をどのように生きようとしておられるのでしょうか。もう一度問い直してみませんか。


「わたし」しか生きられない、授かった「わたしのいのち」
 「いのち」というものは「不思議」なものです。この地球上に、どのようにしてこの「いのち(生命)」が誕生してきたのか、現代の科学もそれを完全に説明することはできていません。
 わたしたち仏教徒は、このわたし一人の中にある「いのち」を「授かったいのち」と確信してきました。なぜなら、このわたしの「いのち」はわたしが創ったものではないからです。また、この世に生まれ出る前のわたしが探し求めて手に入れたものでもありません。
 ただ、このわたしにはっきりと判っていることは、わたしの「父母」があったからこそ、今、わたしはここに居る、ということです。そして、わたしは、わたしの「いのち」を、この父母から授かったということです。

 ところが、わたしの父母の「いのち」も、また、その父母、(わたしからいうと祖父母)から授かっており、この連鎖は、限りなく遡っていけるらしい、ということです。
 では、わたし一人に連なる「父母」と呼ばれる人々が、一体どれ位いるものなのか、試しに計算してみましょう。すると、10代さかのぼると「1024」人。20代さかのぼると約「104万」人。30代さかのぼるとその数は、実に「10億」人にもなります。
 そして、33代さかのぼると、現在地球上に住む全人口約60億人よりもはるかに多い「80億人」にもなってしまうのです。

 33世代前とは、今からおよそ千年前のこと。ところが人類の祖先が地球に現れたのは、150万年前ともいわれていますので、そこまでわたしの先祖をたどっていったら、とてつもない数になることが容易に想像できます。
 こんなに多くの「父母(先祖)」たちから授けてもらったわたしの「いのち」は、実は、この「わたし」しか生きれない「いのち」でもあります。
 わたしの「いのち」は、わたしという誰れとも比べられない、誰れとも違う姿、形をしたこの肉体に包まれて存在し、この肉体によってしか生きられません。

 わたしの「いのち」は、わたしらしくしか生きれないのです。なぜなら、わたしの身体は誰と比べてみても、実に「個性的」であって、わたしと同じ身体など他に一つもありません。
 そんな「個性的」なわたしの身体が、わたしの「いのち」を生きています。そして、わたしの「いのち」は、わたしの身体に、最も光り輝く生き方をして欲しいと要求しているのです。
 わたしが、わたしの「いのち」を生きる。あなたが、あなたの「いのち」を生きる、というのは、実はこういうことだったのですね。
 では、あなたは、あなたの「いのち」をどう生きようとしているのですか。あなたが、あなたの「いのち」を最高に輝かせる生き方とは、どんな生き方なのですか。それを明らかにし、それを「あなた」に実現させようとしているのが仏教であり、中山身語正宗の信心なのです。

 こうした考え方をベースにして、みなさまとご一緒に、自分の「いのち」の生き方、輝かせ方を考えていこうとするのが、本シリーズの目的です。

こすもす 277号より


学びの森・バックナンバーはこちら

サイトマップ ページトップへ

Copyright 中山身語正宗 All Rights Reserved.