中山身語正宗のあゆみ
「宗祖覚恵上人」略伝 [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] 中山身語正宗 宗史
中山身語正宗 宗史

大正元年
(1912年)
 「この度、根本大悲の親は頼む一念身語正と開くぞ。日本の国のすみずみから、世界の国のはしばしに至るまで、ひらいて助けてゆくぞ」との仏告を木原松太郎(のちの宗祖覚恵上人)が授かり、中山身語正宗が立教される[2月18日]
 「古四国八十八ヵ所」を開けと仏告を授かる[4月]
古四国第1番札所の釈迦如来像
大正2年
(1913年)
 松太郎、仏告に従い高野山(真言宗)にて得度、
僧名「覚恵(かくえ)」と授かる
大正5年
(1916年)
 覚恵、再び高野山に登り、1日にそば粉1杯という粗食に耐え、休むことなく210日間の加行を成満
[3月15日〜11月25日]
210日間の加行中に使われていた加行茶碗
大正6年
(1917年)
 覚恵、坊住山霊々石の上で般若心経三百巻を唱える三年三月の行願に入り、大正9年に成満
[1月21日〜大正9年4月21日]
大正10年
(1921年)
 瀧光徳寺開創[4月28日]
大正13年
(1924年)
 八坂覚照(かくしょう)(後の本宗第二世管長覚照猊下)覚恵の三女(フイ・如峰)と結婚[1月]
昭和8年
(1933年)
 覚照、高野山大学を卒業後、帰郷した際、覚恵より後に「宗祖の三教」と呼ばれる教えを授けられ諭される。また、瀧光徳寺住職に任命され、身語正行者としての第一歩を踏み出す[3月]
宗祖のご示寂から48年間、本宗の大導師として宗人を導かれた本宗第二世管長覚照猊下
昭和13年
(1938年)
 定期講習会開始
昭和17年
(1942年)
 覚恵、10時20分に示寂
[1月5日享年72歳]
昭和21年
(1946年)
 宗教法人令の公布を機に真言宗より独立し立宗[6月27日]
昭和27年
(1952年)
 宗教法人法により包括宗教法人「中山身語正宗」の認証を受ける
[7月5日]
昭和29年
(1954年)
 現在の大本堂(十六間四面の木造建築)建立
大本堂の建立で、基礎を固める土突きの様子
昭和41年
(1966年)
 五重宝塔落慶法要厳修
[11月21日]
昭和46年
(1971年)
 宗祖覚恵上人御生誕壱百年大法要厳修[4月]
 「ご本願会」発足[6月6日]
昭和50年
(1975年)
 宗祖覚恵上人三十三年御恩忌大法要厳修[4月]
記念事業として奥之院御廟、御影堂、燈籠堂建立
昭和51年
(1976年)
 幸せの輪を広げる大会開催[7月]
昭和53年
(1978年)
 感謝運動が始まる[9月5日]
昭和57年
(1982年)
 立教七十周年記念大法要厳修[5月]
記念事業として研修会館などが建立
 中山身語正宗学院第1期生入学式
[5月1日]
本宗学院の入学式
平成2年
(1990年)
 関東別院(当時の千葉別院)開設大法要厳修
[6月17日]
 本宗第二世管長覚照猊下遷化
[10月8日享年83歳]
 本宗第三世管長覚隆(かくりゅう)猊下晋山式[12月6日]
平成3年
(1991)
 宗祖上人五十年御恩忌大法要厳修[5月]
記念事業として奥之院開山堂再建、宗務庁、光明会館建立
 『宗祖上人伝』発行
平成7年
(1995年)
 本宗第四世管長隆憲(りゅうけん)猊下
晋山式[12月6日]
本宗第四世管長・隆憲猊下の晋山式
関東別院誓照寺本堂落慶大法要
21世紀ご本願会大法要
平成8年
(1996年)
 関東別院誓照寺本堂落慶法要厳修
[5月26日]
平成9年
(1997年)
 「1円玉平和基金」活動開始[7月12日]
平成11年
(1999年)
 講習会初級卒業者俗人研修会開始[4月]
平成12年
(2000年)
 世界宗教者平和会議(WCRP)へ加盟[6月]
平成13年
(2001年)
 21世紀ご本願会大法要厳修[4月]
記念事業として研修会館大講堂、大駐車場、新客殿、新ご宝蔵堂建立
 輔教資格者研修会開始[8月]
 隆憲猊下がWCRP日本委員会の評議員就任[10月9日]
平成14年
(2002年)
 宗教協力推進室設置
[1月5日]
平成15年
(2003年)
 冊子『身語正教学』発行
 WCRP日本委員会婦人部会委員にご内室有峰師就任
[4月21日]


前のページへ

「宗祖覚恵上人」略伝 [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] 中山身語正宗 宗史
サイトマップ ページトップへ

Copyright 中山身語正宗 All Rights Reserved.