当時、新たな宗教の立宗は政府により認められておらず、布教活動は高野山真言宗のもと、国策であった貯蓄奨励の政策に乗じて行なわれ、各地に支部を設置し、組織として拡大するようになります。昭和6年には本堂やご宝蔵堂などの法城建立が始まります。 ところが、時代の変化の中で、それまでの布教のあり方は限界に達していました。そこで、昭和8年仏告に従って華厳宗(けごんしゅう)東大寺に入宗し、「華厳宗 八宗兼学華厳道場大日教会」が認可され、発会します。華厳宗の中にあっても本宗の独自な布教活動を維持することが可能となったのです。