大正4年にまたも妻マツに先立たれた覚恵は、翌年に八坂マツとの再婚をみ仏より授かります。その後、仏告に従い再び高野山へと登り、1日そば粉1杯という粗食に耐えながら、210日間の加行(けぎょう)を生死をかけて成満します。引き続き、教師試補検定にも合格し、万人救済のための布教教化に必要な僧侶としての資格を取得し終えたのです。